■ 従 者 ■
BY九堂紫






脇に控えていたセレストは、王家の客人であるなにがし公爵の顔をそっと盗み見て、心の中で嘆息した。
「本日はこのような素晴らしい席に私のような者を招いてくださり、光栄の極みです」
「少しでも楽しんでもらえるといいんじゃがの〜」

ルーキウス王国はやたらと晴れの割合が高い。
気候も温暖だ。
そういったわけで、食事会が城の中でなく中庭で行われるというのは驚くべきことではなかった。
既に席にはカナンをのぞく全員がおり、セレストは騎士団の一人としてその場に控えていた。
いかにルーキウスがのんびりした国だとて、他国の貴族を招いての席に警護する人間がいないというのはまずいだろう。
身辺警護という意味でなら、普段であれば王族のそれぞれのお付きの人間が各一人ずつ傍らに侍っているだけなのだが、今日はそういったわけで他にも数人の騎士団員がその場にいた。
もうすぐ午前の講義が終わってカナンがやってくるころだろうかとセレストは中天に来た太陽を目の端に捉えながら思った。

食事会に招かれた美丈夫の公爵は年の割に落ち着きと貫禄があり、そして年相応に貴族的な遊びを嗜んでいるという風情であった。
もちろんこういう場には慣れているため、表情ひとつ、仕草ひとつにしても如才がない。
基本的におっとりとしているルーキウスの王族と比べるとだいぶ違う。

けれど、とセレストは思う。
王家の客人に対してそのようなことを思ってしまうのはどうかと思うが、正直に言ってしまうと、実はこの客人に対しては、どうも、その、虫が好かない。
うまく隠してはいるがどことなく残忍な本性が潜んでいるようで。
それに、ちらりと漏れ聞いたところでは、そちらの方の遊びもかなり盛んのようだ。
リプトン王やリグナム王子はともかくとして、リナリア姫やカナン王子までこの公爵と同席させるのはいかがなものかとセレストは内心思っていた。
もてなす側の礼儀としてそういうわけにはいかないとわかってはいたが。


「国王陛下とリグナム殿下には先日お目通りを願いましたが、他の方々にはご挨拶もままならぬ状態で、まことに失礼いたしました」
「いや、なに。あー・・・妃は今は別の地に保養に行っておるのだが・・・そうじゃ、リナリアとカナンの紹介がまだであった」
「初めまして。リナリアと申します」
既に席についていたリナリアが小首を傾げて柔和な笑顔を浮かべた。
「おお。これはお美しい。リナリア様、どうぞお見知りおきを願います」
「ええ、よろしくお願いいたしますね〜」
セレストは、そうと気づかれぬほどにさり気なく公爵の動きに気を配る。
リナリアに向けた公爵の顔に一瞬でも好色そうな表情が浮かんだら、リグナム王子あたりにそれとなく進言してリナリア姫の身辺に気を配っていただかなくてはならない。
けれども公爵の優雅な物腰は崩れず爽やかな笑顔もそのままで、セレストは拍子抜けした。
流石に王家の人間にまで手を出そうとはしないか。
いや、そもそも噂の方が間違いだったのか。
何にせよ、何もなければそれに越したことはないが。

歓談の合間、リグナムは空いているリナリアの隣の席に目を滑らせ、それから距離を置いて控えていたセレストを見つけると声をかけた。
「セレスト。カナンは何をしている?」
「は。そろそろ午前の講義が終わる時間ですので、もう間もなくいらっしゃると思います」
見て参りますと立ち上がりかけた矢先、高めの澄んだ声が凛と響いた。
「遅れて申し訳ありません」
セレストが振り返ると、講義終了後急いでこちらに駆けつけたのであろう、僅かに頬を上気させたカナンが立っていた。
カナンは列席している面々に軽く会釈をすると、ぐるりと席を見回し、見知らぬ男の顔を見つけて、すっと姿勢を正した。
「第二王子、カナン・ルーキウスです」
白磁の肌は今はうっすらと赤みが差し、柔らかそうな金の髪がさらさらと風にそよぐ。
そして、まっすぐ前を見据える瞳は深い青。
どちらかと言えば華奢な、すらりとした立ち姿を目に捉えた公爵の目つきが一瞬だけ変化した。

「・・・!」
セレストの身を包む空気の色が一瞬にして変わる。
そして、カチャリと、セレストの剣の鍔と鞘が小さな音を立てた。

気付いたらしい公爵と、常にない厳しい表情をしたセレストの目がかち合う。
公爵はすぐに視線をカナンに戻すと、先ほどまでの非の打ち所がない完璧な笑みを顔に貼り付けた。

そして何事もなかったかのように歓談が続けられた。


カナンが揃ったところで次々と運ばれてきた料理がほぼ終了したという頃、
「ところでこちらの騎士団はかなりの剣の腕前の騎士が集っているとお聞きしましたが・・・」
公爵がそんな話を振った。
どうも自分の家来とこちらの騎士団員との模擬試合を行いたいということのようだ。
リグナムは、そうとは言えなにぶん平和な国のことだからとかわしていたが、ふと気が変わったように言った。
「実戦には賛成しかねますが、模擬試合ならば良いかもしれません。他国の騎士と剣を交えることによりわが国の騎士団員にも何かしら得るところはあるでしょう。どうでしょうか、父上」
リプトンはうむうむと頷き許可の意を示した。

「こちらは私の片腕とも言えるこの男を出しましょう」
公爵の一番近くに控えていた男が心得たように立ち上がった。
「ふむ。ではこちらは・・・」
居並ぶ騎士団員を見回すリプトンに公爵がさり気なく尋ねた。
「あちらの騎士殿は・・・かなりの腕前とお見受けしますが」
公爵の視線の先に皆の目線が集まる。
リプトンがポンと手を叩いた。
「おお、セレストか」
「あれは国で二番目の剣士ですからね」
「ほぅ。それは凄い」
唐突にリグナムがカナンに視線を向ける。
「どうだ?カナン」
不思議そうに片眉をあげた公爵にリグナムが付け加える。
「セレストはカナン付きの護衛ですから」
「ああ、なるほど。カナン様の」
得心がいったというように、セレストを見る目が細められた。
無言の圧力に、セレストは同じく無言で応える。

一方、リグナムに鉢を回されたカナンはちらりとセレストを見ると、ゆっくりと答えた。
「皆様とセレストに異存がなければ僕は構いません。セレスト、どうだ?」

相手側からのあからさまな挑発。そして仕える王族からの直々の拝命。
けれど。

セレストの最優先事項。
守るべきは。
そして、剣を向けるべきと判断したのは。

「私は・・・」






「何故断った?セレスト」
食事会がお開きになった後、そっとセレストに近づいてきたリグナムにセレストは深く頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いや、謝ることではない。好戦的な公爵が言い出した座興だ。私とて好んで模擬試合に賛同したわけではない」
「は・・・」
「公爵についての良くない噂は私も聞き及んでいる。・・・王子としてはあの場で辞退したお前を咎めなければならんのだろうが・・・・・・兄として、感謝する」
「いえ、そのような。これは私の我を通したようなもので、王家に仕える騎士団員としては失格。どのような叱責も覚悟しております」
カナンが現れてから、セレストが公爵の動向から一時たりとて目を離さなかったことを、そしてその理由に気付いているのは当人たちとリグナムぐらいだっただろう。
寧ろ、誰にも気付かれてはならなかったのだ。特にカナンには。
それゆえ、他の者たちのセレストへの評価が下がるのは避けられない。
わかっていて、さらに挑発にも乗らず、成すべき事を成した。

リグナムは薄い笑みを口の端にのぼらせた。
「あの子は幸せ者だな。これからもよろしく頼むぞ、セレスト」
「は」
セレストは深く頭を下げた。
ただ「従者として」「主君」を不逞の輩からお守りする、というだけではなかった自覚がある為、リグナムの感謝に多少の後ろめたさを覚えながら。





リグナムが去った後すぐ、背後からかけられた声があった。
「・・・セレスト」
「はい。え、カナン様?」
青い瞳がまっすぐにこちらを見上げてきていた。何やらもの言いたげな眼差しで。
セレストも思わずまっすぐに見つめ返していた。

そして思う。
この方に触れるのも、見るのも、自分だけでいいのに、と。
下心ある者が指一本でも触れるなど言語道断で、そんな汚らわしい目で見ることすら許さない。

「セレスト」
もう一度、カナンがセレストを呼ぶ。
セレストは黙って続く言葉を待った。

が、しかし。

「帰るぞ」

「え!?お、お待ちください、カナン様!」
前方をすたすたと歩いていくカナンの後姿を慌てて追いながら、セレストは自身の狭量さに苦笑いを零した。












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2003.12.07アップ
どうもこう・・・何というか、私の書く話はどうしてこんなにもわけがわからんのか・・・。
とにもかくにも久々の主従小説。気持ち的には王子2に対する期待というか意気込み(?)を表してみました!(どのへんが・・・)

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