■ 従 者 ■

BY 九堂 紫






「セレスト」
主君からの呼びかけに、セレストは淹れかけの紅茶のポットを手にしたまま、(珍しく)おとなしく机に向かっていたカナンを振り返った。
「何ですか?カナン様」
カナンはセレストに背を向けたまま硬い声で言った。
「お前、一度僕のお付きから外れてみるか?」
「え・・・」
あまりにも唐突なその提案にセレストは固まった。
けれど、すぐにこちらを振り返って、例の人の悪い小悪魔的な笑みを浮かべて冗談だと言ってくれる、のを期待したのだが。
数秒後に漸く振り返ったカナンが浮かべたのは呆れたような表情だった。
「おいセレスト、テーブルに海ができてるぞ」
「ああっ!も、申し訳ありません!!」

あたふたと零れたお茶の始末をし、改めて淹れなおしたそれをカナンの前にそっと置くと、セレストは意を決して口を開いた。
「カナン様。先ほどのお言葉・・・・・・冗談、ですよね?」
「僕は本気だ」
「か、カナン様・・・」
一瞬二人の間に張り詰めた空気が流れ、
「も、ももももしかして私に何か落ち度がありましたでしょうか!?」
すぐに壊れ去った。青ざめた顔を抱えておろおろとするセレストによって。
カナンは溜息をついた。
「そうじゃない」
その声音はいつものものと若干響きが異なっていて。
その段になって初めて、セレストはカナンの機嫌が斜めであることに気づいた。
セレストは恐る恐る問いかけた。
「それでは何故、いきなりそのようなことを・・・?」
「・・・・・・・・・お前はっ」
「はい?」
「お前は、僕の従者である前に騎士団の近衛隊副隊長で、国で二番目の剣士だろう!」
「・・・は?」
「それなのに!あれでは・・・あれではまるで僕のお付きのただの召使みたいじゃないか!」
「は・・・あ?あ。ああ、あのことですか」
セレストは昨日のことを思い出した。




ルーキウス王国はおっとり穏やかの自然豊かな国であり、悪く言えば何もない。
旅人や商人ならともかく、他国の王侯貴族がわざわざこの地を赴くのは珍しいことだ。
そんなこの国に、数人の供を従えた、まだ年若い公爵がやってきたのはつい数日前のことだった。
あまり領地を空けるのはよくないが、過労の為休養が必要と医師に診断をくだされ1週間ほどこの地に静養に来たのだと言う。
珍しい客人をもてなす為、王宮では昨日野外での食事会が行われた。
その席でのことだ。
公爵の供の一人がたいそうな剣の使い手であるとかで、ルーキウス王国の騎士団の誰かと模擬試合をさせてはどうかという話になった。
もともとルーキウスは国民、王族ともに好戦的ではない。
けれど他国の剣士との模擬試合なら騎士たちの士気を高める刺激になるだろうし、違う流派の者と剣を交えることで勉強にもなるだろうということでまず選出されそうになったのがセレストだった。
しかしセレストはそれを辞退した。
カナンのお付きである自分は不逞の輩からカナンを守ることが最優先だから、他の事に全神経を集中させるわけにはいかないとかいった理由で。

公爵は少なくとも表面上は、何に代えても主君を守ろうとするその心がけが素晴らしいなどとほめ言葉を送っていたが、居合わせた相手方の供の中にセレストを侮る空気が流れたのもまた事実だ。
騎士でありながら勝負を放棄し、逃げるのか。
国で二番の剣士が聞いて呆れる、と。

それがカナンにとっては気に食わなかったのだろう。



「お前だって仮にも国で二番目の剣士なんだぞ!それをあんな・・・」
悔しそうに唇を噛むカナンに、セレストは不謹慎だと思いながら頬を綻ばせた。
そういえば昨日からやけに大人しいと思っていたが、そのことで考え込んでいたのか。
それも、セレストの評価が下がることに対して憤ってくれている。

困った部分も多いが、実際、自分には勿体無いほどの主君だと思うのだ。

だからこそ。

優先順位を自分は決して間違えない。


「いいえ、カナン様。私は国で二番目の剣士で近衛隊副隊長である前に、カナン様の従者ですし、そう在りたいと心から思っております」
「・・・っ」

カナンは目を見開いて暫くセレストを凝視した。
意味が脳内に浸透した頃合で、頬にさっと朱がさし、カナンはふいっと横を向いた。
「・・・ずるいぞ」
「え・・・」
「お前は・・・たまにそんなことを不意打ちで言うんだ」
くるりと背を向けてしまったカナンの耳が赤い。
つられてか、セレストも頬が熱くなるのを感じた。
目の前の背中に手を伸ばしながら、躊躇いがちに問いかける。
「カナン様。その・・・触れても・・・よろしいですか?」
「・・・・・・」
返事はなかったが、拒絶のそれもなかった。
セレストはまだまだ華奢な体を後ろからそっと抱きしめた。



「僕は・・・従者に恵まれたな」
腕の中で小さく呟かれた言葉にセレストは本心から「有り難きお言葉」と返した。


けれど、本当は
「それだけ・・・ではないんですが」

セレストは苦笑を浮かべながら目を閉じた。













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2003.12.07アップ

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