初恋(おまけ)
「あーあ。あれって絶対見せつける気満々だよなぁ」 頭の後ろで両手を組んだ団蔵が不貞腐れたように言って、勢い良く床に腰を下ろした。 既に背景の一部とされてしまったあの状況では、その場にいるのも切ない。 もっとも回りが見えていなかったのはきり丸だけで、利吉はわかっていてやったのかもしれないが。 少なくとも団蔵はそう確信している。 とにもかくにも、早々に退散してきた団蔵は乱太郎を訪ねていた。 「団蔵が煽るからでしょ」 薬品の調合をしていた乱太郎が、少し目を上げて、呆れたように軽く睨む。 「…やっぱり乱太郎、見てたんだな」 「遠くからちょっとだけね。…かなり遠くからだったのに、よく気付いたね」 「いつもの乱太郎なら、様子のおかしいきり丸を放って帰るなんて有り得ないからさ。 補習だって自主的に付き合ってるはず、だろ?」 だから、絶対にどこかで見てると思ったと肩を竦めた団蔵に、乱太郎はにっこりと笑みを浮かべた。 「じゃあ言わせてもらうけど、団蔵ってば……どさくさに紛れてきりちゃんに手出したでしょ」 眼鏡の奥の目はもちろん笑っていない。 「う……やぶへび…」 言葉に詰まる団蔵から薬品に視線を戻して、乱太郎は溜息を吐いた。 「まあ私がどうこう言うことじゃないんだけどね」 「…ご、ごめん」 「だから別に私には謝る必要ないんだってば。親友の位置がなくなるのが怖くて、未だにここから一歩も動けない私には」 「乱太郎…」 自嘲気味な笑みを見せた乱太郎に、団蔵は眉根を寄せた。 少し重くなった空気を払拭するように、乱太郎は明るい声を出した。 「って、そういう団蔵だって本当は利吉さんが来ることを見越してたんでしょ」 団蔵は答えなかったが、口を尖らせて黙りこんでしまえば、認めたも同然だ。乱太郎は笑った。 「いいんじゃない?団蔵も私と同じでしょ。きりちゃんが…」 「…笑ってればそれでいい」 言葉を引き継いだ団蔵に、乱太郎は頷いた。 「もっとも、利吉さんがきり丸を悲しませるようなことがあったら、そのときは遠慮しないけどね」 「そうだな」 そうして二人は、今頃真実を知って幸せそうに微笑んでいるであろうきり丸に思いを馳せた。