愛別離苦 (七)










実習のご褒美として休みを五日ほど延長されたは組の生徒たちが学園を出て行ったのは今朝のことだ。
半助は書き物の手を止めて、大きく伸びをした。
そこで初めて、室内が薄暗くなっていることに気付いて苦笑した。
思ったより根を詰めていたらしい。
は組の成長が嬉しくて、休み明けの授業内容を考えるのにいつもより熱が入ってしまった。
――ほんの少しだけ、故意に作業に没頭したという本音もあるが。





は組が一年だった頃、長期休みの始まりとは、半助にとっても家に帰ることと同義だった。
あの頃は長い休みの間きり丸を預かっていたから、きり丸と一緒に学園を出るようにしていた。
彼は仲の良かった乱太郎やしんべヱと共に学園を出て、自分はと言えば、 元気よく歩いていく彼らの後ろを保護者よろしくのんびり歩いたものだった。
学園にいるときも保護者のような気分ではあるのだが、このときばかりは、担任というよりも、近親者の気分だった。




ほら、お前たち。ちゃんと前を見ていないと転ぶぞ。そのあたりは地面がぬかるんで……ああ、だから言わんこっちゃない。

なに?腹が減った?さっき飯を食ったばかりだろう。…ああもうわかったわかった。団子一つだけだぞ。

乱太郎はあちらの道だな。気をつけて帰れよ。家の手伝いをしっかりな。それから…………そ、その通りだ。 ってお前、先生の言いたいことがそこまでわかってるなら、どうしてそれを実行しないんだ…。 ああ、じゃあまた休み明けにな。

突然そんなところにしゃがみ込んでどうした?ああ、それは薬草だ。よく知ってたな、えらいぞ! …は?売れるから?……そうか。いや、理由はともかく知識は知識だからここはよしとすべきなんだろうな…。

おい、しんべヱ。食べ物の話に夢中になるのはいいが、お前はこちらの道だろう。 休みだからと言って食べてばかりいないで、適度に運動しておけよ。ああ、気をつけてな。




――さて、それじゃあ帰るか、きり丸。









きり丸が去った後、必然的に生徒たちと一緒に学園を発つことはなくなった。
生徒は休みに入っても、教師にはまだやることが色々残っている。
以前は、多少無理をおして早めに仕事を終わらせていたのだが、もうその必要もない。
だから、子供たちが休みに入るときは、以前よりはのんびりできるはずだった。
実際には、以前より我武者羅に仕事をするようになった。特に子供たちが学園を発つ日には。
そうでもしていないと、思い出してしまうからだ。

『早く帰りましょうよ、土井先生』
早く早くと急かす彼が、背後にいるような錯覚を起こしてしまう。
思わず振り返って、誰もいないことを確認して…という愚かしいことを何度繰り返しただろう。

「…っ」
半助は眉間をつまんで、軽く首を振った。

共にいた時間よりも、離れてからの時間の方が既に長い。
それなのにまだ彼がいないことに慣れないのは、それだけ彼との生活が印象深く、そして大切だった証だ。
「…忘れられるわけがない」
搾り出すように呟いて、手のひらで顔を覆った。
そんなときだった。戸が大きな音を立てて開かれたのは。




「大変だ、半助!」
顔を上げた半助は、同僚であり頼りになる先達でもある山田伝蔵の息せき切ったような姿を認めて、軽く目を瞠った。
「山田先生?どうしたんですか、そんなに急いで。は組は休みに入ったのですから我々も少しのんびりと…」
「そのは組が大変なのだ!今度は実習でなく自分たちの意志であの城を調べに行きおった! 今度は完璧に調べようと城に忍び込む相談をしながら、は組が皆で揃って学園を出るのを小松田君が目撃したらしい」
「何ですって!?」
半助は思わず立ち上がって叫んだ。
つい先日伝蔵から聞いた情報を、急いで脳内から引き出す。
「確か、利吉君からの新しい報告では、あの城で裏の部隊が動き出すのは…」
「ああ、今夜だ」
伝蔵が呻くように答えた。
ばっと外を見遣ると、そこには残照に赤く染まった景色が広がっていた。
もうじき夜がやってくる。
今朝学園を発った子供たちはとっくにあの城に着いているだろう。
半助は脳内で思考をめまぐるしく展開させる。

忍び込むつもりだとは言っても、あの子らがそれを今日決行するとは限らない。
だが逆に、今日でないという保証こそ、まるでない。
いや、寧ろ彼らの性格を考えれば、のんびり腰を据えて調べるというタイプでなく、 よく言えば能動的、行動的で、悪く言えば場当たり的に突っ走る傾向がある。
であれば、今日決行する可能性が高い。
せめて日中に、行商人にでも紛れ込んで城に入り込むならいいが――いや、日中じゃない。恐らくは夜だ。
なぜなら、彼らは既にその方法での調査を実行して、その方法では完全には調べきれないことを知っている…!

「山田先生、急いであの子たちのところに行きましょう!」
「ああ、無論だ」








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2011.08.14








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