愛別離苦 (六)










「…以上が、調査結果になります」
はっきりとした声で報告を終えたのは、は組を代表した庄左ヱ門だった。
今回のような、皆でまとめて一つの課題をこなすという場合、代表となるのは、 やはり皆から頼られる学級委員長たる彼の役目だった。

腕を組み、黙して庄左ヱ門の報告を聞いていた担任の半助は、瞼をあげるとおもむろに全員の顔を見回した。
皆、緊張を顔に乗せてこちらの様子をじっとうかがっている。
そんな緊張を含んだ沈黙を、数秒間たっぷりとひきのばしてから、半助は唐突に破顔一笑した。
「皆、よくやった!上出来だ。これならご褒美も期待してていいぞ」
ほっとした顔の生徒たちから歓声が沸き起こった。









「なるほど。それは確かに上出来だな。いやいや、あいつらもよく頑張った」
半助から話を聞いた伝蔵は、顎を撫で擦りながら満足げに笑った。
「ええ、そうでしょう?山田先生」
伝える半助ももちろん笑顔だ。教え子の成長はやはり何より嬉しい。
けれど教室で彼らの報告を聞いた後、半助が笑ったのは、生徒たちの出来が良かったから、だけではない。
想像以上に優秀な結果を出したことは事実だが、それよりも、 皆無事で良かった、という思いが改めて込み上げてきたのだ。

実習中、調査対象となった城が当初の想定以上に危険な場所であるようだという情報を得た半助と伝蔵は すぐに現地へと向かった。
もう少しで実習期間が終わるという時期だったため、あえて彼らの邪魔はすまいと身を潜めて様子をうかがっていたのだが、 結局は教師陣が手を出さずとも無事に実習を終えることができたのは僥倖だった。
とは言え、喜三太が捕まって斬られそうになったときは、手裏剣を構えていつでも助けられるようにはしていたものの、 正直なところ、さすがに肝が冷えた。
それすら、予想外の手助けにより事なきを得たが。

ふと半助が伝蔵へと目を向けた。
「あの姫は一体どういった人物なのでしょうね」
「実際のところはまだよくわからん。だが、どうやら近隣の民に城主を賢君と思わしめている策は 全てあの姫の手によるものらしい。あの"禍々しい"城の、唯一の良心といったところか」
微妙なアクセントを聞きとがめた半助は、片眉を上げ、声のトーンを落とした。
「…何か新しい情報が入ったんですね?」
あの城自体を禍々しいと評するだけの、何らかの情報が。
伝蔵が険しい顔つきのまま重々しく頷いた。
「うむ。利吉から連絡が入ってな。あの城の、裏の財源に関わるかもしれん」
「裏の…」
先ほどのは組の調査報告でも出てきたことだったが、あの城の羽振りのよさには半助も不審を抱いていた。
城の出入りを冷静に見極めれば、収支が明らかにおかしい。
表立って城に入ってくる利益を遥かに超える富があるとしか思えない。
となると、表に出てこない利益――隠された裏の財源があるはずだった。
「先日隣町の商人宅を襲った盗賊の一味と目される男が、人目を忍んで城の中へ消えていったそうだ」
「では、盗賊と何らかの繋がりがあると?」
それが真実なら、あの城の膝元である町に盗賊が出ない理由も説明できる。
「まだ、確実な証拠を掴めておらんがな。利吉の話だと、これまでに近隣に盗賊が出没した頻度を考えると、 そろそろ動きがあるのではないかということだ」
「では暫く注意が必要ですね」
「そうだな」
頷きあう二人の教師は、このとき既に、 彼らが注意すべき別の問題がすぐ身近で発生していることにまだ気付いていなかった。







「実習のご褒美で休みが増えたら、皆どうする?」
半助が出て行った後、は組の生徒たちは教室に残って、来る休みに思いを馳せていた。
「う〜ん…ま、やっぱりいつも通り、家に帰るかな」
「ぼくはねぇ、家に帰ったら、美味しいものを沢山お取り寄せしておなかいっぱい食べるの」
「…しんべヱの場合、休みは増えない方がいいんじゃ…」
「ま、まあ、しんべヱはともかく…庄ちゃんや団蔵はお家の手伝いだよね」
「そうなるかな。でも、家の手伝いだけじゃなくて、忍術の修行もしないとね」
「さすが委員長!」
おお、と感嘆の声が上がったが、その声は徐々に弱まり、今度は皆難しい顔をして考え込み始めた。
庄左ヱ門の真面目な回答に、それぞれ思うところがあったらしい。
やはり上級学年ともなれば、先々のことを含め、自らの忍術の腕前についても考えるようになってくるのだ。
ぼくも…手裏剣の修行しようかな、などという声がちらほらと上がってくる。

「でも家に帰ると手伝いで忙しいし、それ以外の時間はついのんびりしちゃって、 結局何もしないまま休みが終わっちゃうんだよね」
「だよなあ」
はあと溜息を吐く級友を見ていた庄左ヱ門が、よしと手を打った。
「それじゃあ、ご褒美で伸びた休みの分だけ、皆で一緒に修行するっていうのはどうだ?」
「良いね、それ!」
「皆と一緒ならできるかも」
口々に賛成の声が上がる。
「あ、でも、具体的に何する?せっかくなんだから、休みじゃないとできないようなことしたいよね」
「休みじゃないとできないこと…?」
「野外訓練とか?でも、どこに行く?」
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませる中、誰が言い出したのだったか――

「この前の実習の続きっていうのは?」

高評価をもらえたとは言え、気に掛かることもいくつか未調査のままだったので中途半端と言えなくもない。
何となく消化不良の感が残っていた彼らの中で、この案に異を唱える者はいなかった。








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2011.08.07








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