愛別離苦 (五)










その頃、仲間たちの予想通り、元来た道を引き返しながら一匹のナメクジを探していた喜三太は、 運良く城に入ろうとしていた行商人の荷物に紛れ込み、城の内部にまで戻ってきていた。

荷物を置いた行商人たちがどこかに行ってしまったのを確かめて、喜三太はそろりと荷の中から這い出た。
積まれていた荷をひとつ落としてしまい、慌てて台車にそれを戻す。
日頃、のんびりだとかマイペースだとか仲間たちに言われ続けてはいても、さすがにこの状況でのんびりしてはいられない。
「ナメ五郎〜どこだよ〜」
喜三太は早速、周囲に人がいないことを確かめてから、小声で呼びつつ可愛いペットの姿を探し始めた。
「道にはいなかったし、もうここで迷ってるとしか思えないんだけど…」
日も暮れかけ、もう見つからないのではと不安に身を震わせたとき、
「あっ、いた!」
木の影になった壁に張り付いたそれに気付いて駆け寄り、ほっと肩を撫で下ろしたと同時に、
「お前、そこで何をしている!」
という男たちの声が背後で響いた。

走り寄ってきたのは城の警備にあたっている者たちだろうか。
咄嗟に逃げることもできずに首根っこを掴まれた喜三太は、青くなりながら手足をばたつかせた。
「は、離してよう〜!ぼくはこのナメクジを探しにきただけなんだってば!」
幼子ではないが、まだ少年、しかも喜三太の容姿は実年齢より少し幼く見える上、 良くも悪くも相手の警戒心を誘う外見ではない。
一瞬、どうする?と視線を見交わして相談したようだったが、集まった中で一番発言力を持っていそうな人物に 一人が何事かを耳打ちすると、男は目を冷たく光らせた。
「…そうか。それなら子供とは言え、念には念を入れて始末するべきだな」
その言葉に応えるように、一人が刀を抜いた。
喜三太は「ひぃっ」と喉を鳴らし、ナメ五郎をぎゅっと握った。

いくら忍たまとはいえ、この捕らえられた状態のまま最初の一太刀をかわせるはずもなく、 数瞬後には辺りに血なまぐさい光景が広がる、はずだった。






「これは、何の騒ぎです?」
刀を止めさせたのは、鈴の鳴るような声だった。
場に一瞬できた隙に、本当であれば逃げるべきだったのかもしれない。
けれど、喜三太は思わず声につられてそちらに目をやった。
そうして目をまん丸に見開いた。
屋敷の中からこちらを見ていたのは美しい少女だった。
この年頃であれば赤や桃色といった着物を好んで着ることが多いが、 彼女が纏っているのは目の冷めるような青い着物だった。
けれど、ぴんと伸びた背筋と凛とした雰囲気に、その色はとてもよく似合っていた。
「ひ、姫様…!このような場所にお出になられては…」
慌てふためく家来の言葉をさえぎり、彼女は先ほどよりも語気を強めた。
「これは何の騒ぎかと聞いているのです」
「は…、はっ、申し訳ありません。ただいま城内を怪しい者がうろついておりましたので 取り調べようとしていたところにございます」
「怪しい者…このような子供が?」
「どこぞの手のものかもしれませぬ。存分に背後を洗いまして…」
「よい」
「は?」
姫は不快感を表すように、すうと目を細めた。
整った人形のような容貌が、僅かばかり血の通ったものになる。
「聞こえなかったのですか?わたくしが、よいと言ったのです。見ればまだ子供。 このまま逃がしても何ほどのこともないでしょう。 むしろ、ここで騒ぎを起こせば、城内の様子をうかがっておる者どもが付け入る隙となりましょう。 その方が憂うべき事態。城の奥におさまっているわたくしでもわかるようなことを、 よもや城を守るそなたらがわからぬわけではないでしょうね?」
「ははっ!」
迫力に押され、男はその場にひれ伏した。
喜三太を捕まえていた一人が、姫の命令に従い、慌てて城の外へと向かった。
そうして解放された――というよりは、文字通り外につまみ出されたわけだが――喜三太は、暫し放心した後、 はっと我に返ると、何はともあれ心配しているであろう仲間のところへ急いで駆け出した。









■  ■  ■











城近くまで着ていたは組の面々は、こちらに駆け寄ってきた喜三太の姿に一様に安堵の息を吐き、 彼を取り囲んで歓声を上げた。
「良かったぁ!喜三太、無事だったんだ!」
「心配したんだぞ!どこ行ってたんだよ!」
「いやぁ、それがさ〜…あ、ちょっと待って。その前にナメ五郎をおうちに戻さないと! さあナメ五郎、おうちにおかえり〜」
喜三太はナメ壷にそうっとナメ五郎を入れて初めて一息つけたようで、それから漸くこれまでの出来事を語り始めた。

喜三太の話を聞いたは組の面々は、仲間が想像以上に危険な目に会っていたことに青ざめ、 それから皆一様に難しい顔をして考え込んだ。
「いくら忍び込んだからって子供…しかも喜三太みたいに全っ然緊張感がなくて 何もたくらんでなさそうな子供を殺そうとするかな」
「あの…それちょっと言いすぎ…」
喜三太の抗議を横槍としてスルーしつつ、ひそひそと顔を寄せ合う。
「つまり、あの城には…」
「うん、忍び込まれたらまずいものがある、ってことだよね」
「ね、喜三太、何を見た?」
いじけてしゃがみ込んでいた喜三太を振り返り、乱太郎が問うと、彼はその体勢のまま思い返すように小首を傾げた。
「う〜ん…いや、別に特に何かを見たってこともないんだけど…。ぼく、ナメ五郎を探すのに必死だったし」
「でも喜三太の通ったところに何か怪しいものがあったから、相手がそんなにも警戒したんだと思うんだ。 だから、何か気になるものとか、なかった?」
「そう言っても…ちょうどぼくがお城に行ったらでっかい荷物を引いた行商人が入ろうとしてたから、 その荷物の中に紛れ込んで…それで城の中で一人になったから外に出てあちこち探してただけで…」
情景を思い出しながら自身の行動を再度辿っているのだろう、腕を組んで唸りながら喜三太は続けた。
「あちこち…」
乱太郎が遠い目をして呟き、団蔵が、ふーっと息を吐いた。
「さっきも思ったけど…喜三太、よく助かったな…」
「うん。それがさ、切られるところだったんだけど、お姫様が」
「「「お姫様!?」」」
全員の声が重なった。
「なに、それ!さっきはそんな話出てこなかったじゃない」
「まだ話がそこまでたどり着いてなかったの!」
軽く膨れた喜三太は、それでも皆の望み通り、城の姫と思しき娘に助けられたことを話した。
話し終わった途端に、
「じゃあ喜三太はお姫様を見たんだ!?」
羨ましそうな色の混じったどよめきが起こる。
日常からトラブルにさんざん巻き込まれているせいで何人もの殿様と出会い、 うち数人とは既に顔見知りになっているは組のメンバーをしても、お姫様というのはほとんど面識がない。
彼女らは屋敷の外においそれとは出てこないので当たり前といえば当たり前だが、 その分憧れにも似た想像は膨らむもので。
しかもこの城の姫といえば才色兼備と噂の麗しい姫君ではなかったか。

「どんな感じだった!?」
「やっぱり美人!?それとも可愛い?」
「何歳ぐらい!?」
色めきたって、喜三太を取り囲み、口々に質問する。
「どうって…顔はすごく綺麗だったよ。お人形さんみたいな」
それぞれに頭の中で綺麗なお姫様というものを想像したらしく、「うわぁ」だの「いいなぁ」だの声が飛び交う。
そこに、庄左ヱ門の冷静な一言が落ちた。
「でも、どうしてそのお姫様が喜三太を助けてくれたんだろう」
「助けてくれたって感じじゃなかったけど…こんな子供、とか言われたし」
喜三太は唇を尖らせたが、「いいや」と庄左ヱ門が首を横に振った。
「お姫様がどんな言い方をしようが、結局、そのおかげで逃がしてもらえたわけだろう? その男たちが驚いてたってことは、お姫様はいつもはそんなところにやって来ないんだろう。 そんな、普段行かない場所を偶然通りかかって、ついでに家来のやることに口出しするっていうのはちょっと不自然だ。 むしろ、”そんな子供”なんかのために、 いつもは奥に引っ込んでいるお姫様がわざわざ外に出てきたと考えた方がまだしもしっくり来ないか」
「そう言われてみれば…」
「でも、なんでわざわざ喜三太を助けるために…?」
「優しいお姫様だって話だから、騒ぎを聞きつけて、助けようと出てきてくれたんじゃない?」
一人の声に、庄左ヱ門が「確かに」と頷いた。
「確かにそれが妥当なんだろうけど…何か気になるな」
「何が?」
「考えてもみてくれ。確かに殺されそうになった喜三太を助けてくれたのは、 優しいお姫様だったからという理由で充分だけど、家来が怪しいといって取り押さえている相手を、 たとえ子供とは言え、調べもせずにすぐに解放までさせると思うか?」
「…そういえばそうだな」
「確かに。知ってる相手で、怪しい者じゃないって最初からわかってたら話は別だけど……… あ、そういうことか。だから庄左ヱ門は気になってたんだ?」
「うん、そうなんだ。…というわけで、喜三太。よく思い出してみてくれ。 そのお姫様とどこかで会ってるとか…あとは…そうだな、 例えば直接でなくても間接的に喜三太のことを知ってるのかもしれない。何か思い出さないか?」
「えー。そう言われても…う〜ん…。綺麗なお姫様だなぁとは思ったけど、会ったことはないと…」
思い出すようにゆっくりと喋っていた喜三太は「あ」と口を止めた。
「そういえば、感じがちょっと、きり丸に似てた…かな」
途端に、しんと静まり返った。
「それって…」
ごくりと喉を鳴らしながら一人が声を発した。
「もしかして、きり丸の女装ってことも…有り得る…?」
全員の気持ちを代弁した声に皆頷き、喜三太の答えを固唾を呑んで見守った。
喜三太は腕を組んでマイペースに「う〜ん」と首を捻っていたが、やがてその首を横に振った。
「ううん。違う。きり丸じゃない。一瞬そうかもって思ったんだけど…やっぱり違うよ。 顔の造りとかは何となく似てたけど…きり丸じゃない」









■  ■  ■











子供を取り囲んでいた家来を解散させた後、座敷に戻った姫はお付きのものを下がらせてから、奥の襖に目を向けた。
ほんの僅かに開かれたそこに控えている者がいることを彼女は知っていた。
「…あれで、良かったのですか?」
「ええ。ありがとうございます」
答えに、姫はにこりと微笑んだ。先ほど厳しい口調で話していたときとは別人のような柔らかい笑みだった。
「礼には及びません。そなたからの頼みなどそうそうないのですから。ところで…理由を聞いてもよいですか?」
「先ほど申し上げたとおりです。今は姫の御身を狙っている輩のみに注意すべきとき。 あのような子供にかかずらっている余裕はありませんので」
「…そう。それならそうとしておきましょう。ほほほ」
ころころと涼やかな笑い声が上がった。








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2009.11.07








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