愛別離苦 (四)










手堅い作戦を立てたこともあり、実習はさしたるトラブルに巻き込まれることもなく、概ね順調に進んでいた。
町の人たちから聞いたところでは、今の城主は無茶な取立てもなく、 困ったときには救済措置を講じてくれたりもするということで軒並人気は高い。
城主様のおかげで町は平和そのものだし、近隣の町で出没する盗賊もここには手を出してこないと町民は皆胸を張った。
また、城主にはとても見目麗しく教養もある、性質の優しい娘がいるらしい。
町に何かあったときに講じられる救済措置の影には大抵この姫から城主への進言があるという噂もあり、 彼女もまた町民の敬愛を集めていた。
城に出入りする者はといえば、たまに大きな荷物を引いた商人が入っていくぐらいで、さほど不自然な点もない。
だが、
「ちょっと、怪しいと思わないか?」
庄左ヱ門がそう言い出したのは実習が始まって五日目のことだった。
「平和すぎる」
「平和だったら駄目なわけ?」
丁度伝令から帰ってきて一息ついていた喜三太が首を傾げた。
「そうじゃない」
「町人から好かれてる、良い城主さまがいるからってことじゃないの?」
「良すぎるんだよ。考えてもみろよ。町の人が困ってたら手を差し伸べる。 無茶な取り立てもしない。そうしたら、城自体はもっと寂れてるんじゃないか?」
立派な城を遠目に見ながら、庄左ヱ門は、その場にいる者全員に視線を巡らせて、注意深く言った。
「つまり、町の人たちから取立てる以外に、別のところから収益を得てるんじゃないか…?」
全員に緊張が走った。
「…実際には、裏でドクタケ城みたいに悪事を働いてるかもしれないってことか…」
ごくりといくつかの息を飲む音が聞こえた。









■  ■  ■











「半助」
学園内を足早に歩いていた半助を、伝蔵が建物の影からちょいちょいと手招きした。
「山田先生。どうしたんですか、そんなところから」
半助は訝しげな表情で駆け寄った。

は組の実習が始まって六日目になる。
今日まで、交替でほぼ常時、は組に張り付いていた半助と伝蔵だったが、たまには学園に戻ることもある。
主に、学園長への報告と情報集めのためだ。
「あの城に裏があることに、生徒たちが気付いたようだ」
「そうですか。まぁ今からでは詳しく調べることはできないでしょうが、 この裏に気付いただけでも、初めての実習としては立派なものです。あの子達もやりますね」
「ああ。事件によく巻き込まれる分、きな臭いことへの勘は皆よく働く。 それより、そっちはどうだ?学園長のところから何かしら情報を得てきたのだろう?」
半助は小さく頷いた。
元々、いかに授業の一環とは言え、無駄な調査などしない。
忍者のたまごである彼らを成長させるために、もっとも必要なのは実践だからだ。
知識や教科書通りの忍術だけ詰め込むのでは意味がない。
というより、それでは卒業しても忍者としてやっていけない。
卒業して初めての忍務で命を落とすこともある。
だから、もちろん危険すぎる忍務にはまだ当たらせないが、それなりには危険な橋も渡らせる。
今なら影から教師が見守り、本当に危険なようであれば助太刀することもできるからだ。
そうして、将来忍者としてできるだけ生き延びられるよう、その術を叩き込むのが学園の方針だった。
そのための実習先が、怪しいことが何ひとつない平和なだけの城であるはずがない。

半助は心持ち声を潜めた。
「あの城ですが、思った以上に厄介かもしれません。別口で内部を調べていた忍者が負傷して戻ってきたとか」
「それなりに腕の立つ者だったはずだが…」
「ええ、だから危険なんです。あの城には何か後ろ暗い秘密がある。 ただ巧妙に隠していて、よほどのことがなければ尻尾は掴めないでしょう」
「となると生徒たちが潜入するのはまずい…いや、仮に潜入して城の者に見つかったとしても、 秘密に近付きさえしていなければ見逃す可能性が高いか。 良い城、良い城主で通っている以上、揉め事は起こしたくないだろうからな」
「ええ。城の内部には怪しいものがあると公言するようなものですから。 ただ…あの子達のことですから、偶然秘密を知ってしまうということも…」
半助が胃のあたりを押さえ、伝蔵は手を額に当て小さく唸った。
「ともかく、行きましょう。山田先生。何かあってからでは遅い。あの子たちを見張っていないと何をしでかすか…」
「ああ、まったくだ。急いで戻ろう」









■  ■  ■











「あれ?あいつ、どこ行ったんだ?」
事件が起きたのは実習六日目の夕暮れ時だった。

城が怪しいということには気付いたものの、やはり時間が足りず、具体的に怪しい部分を洗い出すことはできなかった。
昼頃に物売りに化けて城に入り込んではみたものの、取り立てて怪しいものは見当たらず、 強いて言うなら、中には蔵が多く建てられており、見た目と同様、 城は内部まで潤っているようだと確証を得たことと、城内の見取り図がほんの少し詳しくなったぐらいだろうか。
そうやって皆で集めた情報を庄左ヱ門が一通り紙にしたためたところで、ふと誰かが「あれ?」と声を上げたのだった。

「え?誰のこと?」
「あ、そういえば喜三太がいないな。誰か知らないか?」
「さっきぼくたちと一緒に城から戻ってきてなかったっけ?」
「ついさっきまでは確かにいたと思うけど…そういえば、ナメ五郎がいないって叫んでたような気も…」
嫌な沈黙が流れ、皆で顔を見合わせた。
「「「まさか…」」」
声が揃った。
「「「一人で城の中に戻ったんじゃ…」」」
悪い予感ほどよく当たることを、彼らは経験上、よく知っていた。








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2009.08.15

じりじり来ましたが、そろそろ話が動く…はず…
というか、そろそろ動いてほしいところ。(苦)







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