「では、明日から七日間かけて行われる実習について説明をする」
半助は、教室中をぐるりと見回した。
返ってくるのは、この二年あまりで随分と成長した十対の真剣な眼差し。
彼らはきっちりと前から座席を埋めているが、一番前の端は未だに空席である。
時々生徒主体で席替えをさせているが、その席だけはいつも空いている。
誰もはっきりそうだとは言わないし、半助自身も聞いたことはない。
それでも、二年間空席のままのその席が本来の主によって埋められるのを、
皆が待っているのだいうことは疑いようもなかった。
半助自身もこの教室に入る度に、ついその席に目を遣ってはあるはずのない顔を探してしまう。
もう二年も経つというのに。
半助は内心溜息を吐きながら、表面上は教師の顔を崩さずに実習の説明を始めた。
各学年で定期的に行われる実習は、学年を経るごとに当然ながら難しいものとなる。
上級学年の仲間入りをして初めてとなるこのたびの実習は、ある城の内情を探るというものだ。
具体的には手勢を調べたり、城内の見取り図を作るということになる。
合戦上でしるしを取るのとは、また少し必要とされる技能が変わってくる。
戦の場に潜むことはそれだけで生命の危険に繋がる。よって高い戦闘能力、あるいは敏捷性が要求される。
それに比べるとこの実習は、危険の度合いでは若干下がるが、その代わり慎重さが求められる。
ほんの僅かな不審行動は、敵味方入り乱れた合戦場では気に留められなかったとしても、
平時の城内ではすぐに気付かれてしまうだろう。
「注意事項だが、絶対に単独行動をしないこと。最低でも二人一組で行動しろ」
全員がトラブルメーカーと言ってもおかしくないほどに様々な事件に巻き込まれてきたは組の生徒は実戦経験が豊富だが、
それでもやはりまだ子供だ。
もう一人の担任である山田伝蔵とともに陰から見守るつもりではあるが、一人で行動させるにはまだ不安が残る。
加えて言うなら、十人がばらばらに行動すればさすがに教師二人だけでは追いきれないという切実な本音もある。
「お前たち全員で、どこまでこの城のことを調べられるか、それを全員分の評価とする!
あまりに出来が悪い場合は次の長期休暇を返上して補習を行うので、そのつもりで頑張って来い」
各所で起こるブーイングをさらりと流して、
「逆に、成績が良ければ…」
ふと口をつぐんだのは、「ご褒美もらえるんっすか!?」という一言が聞こえたような気がしたからだ。
かつて、恒例すぎてもはや問いかけというよりは合いの手のように感じていた彼の一言は
どうやら今も耳にこびりついているようだ。
半助は小さく頭を振ると、何事もなかったかのように続けた。
「…ご褒美として休みを追加するというのが、学園長のお言葉だ」
先ほどのブーイングはどこへやら、今度は「おお!」と喜びの声が上がる。
生徒たちの素直な反応に苦笑しながら、
「今回の実習は、今までの中でもかなり危険なものになる。皆気を引き締めてかかるように。以上!」
半助は、そう締めくくった。
■ ■ ■
「どうやって城内に潜入すればいいだろう」
半助が出て行った後の教室で、全員が頭をつき合わせて実習の打ち合わせをする。
何となく自分に視線が集まったのを感じた、は組の頭脳こと委員長の庄左ヱ門は難しそうな顔で唸った。
「潜入は最後の手段だろう」
「えっ、じゃあどうやってお城の中のことを調べるの?」
「方法はいろいろあるさ。町の人や、できれば城で働いている人からそれとなく聞き出すとか、
城に運び込まれる荷を観察するとか」
「ああ、なるほど!」
「…しんべヱ、全部授業で習ったぞ」
やれやれと溜息を吐く学級委員長を横目に見ながら、団蔵が頭の後ろで手を組んだ。
「それにしても期間が七日って短いよなぁ」
同意を求めるように横に目を向けると、
「逆じゃないかな」
乱太郎が首を傾げた。
「実習の目的がそもそも七日間でできる調査、ってことじゃない?」
「ぼくも乱太郎の意見に賛成だ。先生たちは七日間という決められた期間内で
ぼくたちが的確に動けるかどうかを見ると思う」
「庄左ヱ門、それってどういうこと?」
「百点を目指して時間切れになるより、最初から時間配分をして七十点ぐらいを狙えってことさ」
なるほどと頷いた兵太夫が言葉を引き継いだ。
「完全な見取り図を書こうとしたら城に深く潜入する必要がある。
でもそれだと七日間では絶対に時間が足りない。
そこを無理に頑張れば、結局合ってるかどうかわからなくて使えない資料しかできないわけだから、
何も調べられないのと同じ。
それよりは聞き込みに時間をかけて、不完全でも間違いのないものを作った方がいい…ということだろう?」
「じゃあ、全員で聞き込み?」
相変わらずなめ壷を手にもったままの喜三太が口を開くと、
「それじゃ面白くないよな」
と返したのは団蔵だった。彼の思い切りの良さは、は組でも随一と言ってもいい。
「聞き込みに徹する役も必要だけど、それとは別に、隙がありそうなら何人か潜入してみないか?」
「よし、じゃあ作戦を立てよう」
寄り集まって検討した結果、
「団蔵、金吾、虎若は城の広さや形状を足で調べる」
「乱太郎、しんべヱ、伊助は、城に出入りしている人にそれとなく近付いて内部の情報を仕入れる」
「三治郎と喜三太は情報収集にも加わりつつ、伝令役を務める」
「庄左ヱ門と兵太夫は、皆が集めてきた情報をまとめて次の行動を指示する」
それぞれ役柄を確認しあい、顔を見合わせて頷く。
「で、可能なら潜入だな。タイミングは庄左ヱ門と兵太夫に任せよう」
「うん。皆からの話を聞いて一番入りやすそうな手を考えるよ。今の段階で言うなら、無難なのは物売りか見世物だな」
腕組みをして思案する庄左ヱ門の隣で喜三太がのんびり言った。
「こういうのは一年の時の方が楽だったよねぇ」
「ああ!子供だと思って皆、完全に油断してくれたもんねー」
「うんうん。子供とか女の人の方が入れてもらえそう」
「子供は無理だけど女の人っていうなら女装すれば…うーん、皆、妖者の術はある程度できるけど
女装はあんまり得意じゃないもんなぁ。強いて言うなら伊助か?」
「あー。ぼく最近駄目」
伊助が顔の前で手を振る。
そろそろ背がのび体格がしっかりしてくる年齢なので、女装が以前より困難になってきているのは事実だ。
それこそ変装術で完全に女性に化けてしまうのであれば別だが、まだそれも難しい。
となると化粧や仕草で女性を装うしかない。
「こんなとき、きり丸がいたらなぁ…」
鼻を啜りながらぼんやりと呟かれたしんべヱの言葉に、皆がぎくりと強張った視線を投げた。
「っ、ご、ごめん」
慌てて口を押さえるしんべヱの肩を、苦笑した乱太郎が軽く叩く。
「別に謝ることじゃないよ」
「そうだよ。実はぼくも今同じこと思ってたからちょっと驚いただけなんだ」
「同じく。…あーあ。きり丸、戻ってこないのかな」
「先生たちには、商人になるって言ったんでしょ。
それで、遠方に行くから暫く会えないって土井先生は言ってたけど、どこに行ったのかは教えてくれないし」
「教えたら皆で行っちゃうからじゃない?」
「それはもちろん行くだろ」
「……だからだってば。確かに行くけど」
「それにしても、ぼくたちに黙って行っちゃうなんて、ひどいよな」
「うん。だから」と、一拍置いて、乱太郎は続けた。
「立派な忍者になったら、最初の仕事は”きり丸を探すこと”にしようと思ってるんだ」
「あ、じゃあぼくもぼくも!」
わあっと、立派な忍者になったら、という話で盛り上がる。
ひとしきり盛り上がった後で、庄左ヱ門がごほんと咳払いをした。
「…さしあたって、立派な忍者になるために、まずは明日からの実習を頑張ろう」
場をまとめた委員長の言葉に、皆で「おー」と拳を振り上げた。
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