人 魚 姫  恋 歌  #15






花は久しぶりの町の様子を楽しみながらのんびりと歩いていた。
必要以上に歩調が遅い自覚はあった。
街へ来た用事自体も、一刻ほど前にとっくに終わっている。
「もう終わったかな…」
花は賑やかな露店から視線を外し、城の方角を見た。
本日、丞相が献帝に謁見するためにやって来る、ということを知っている者は、城の中でもそう多くはない。
極めて非公式に近い会談で、おまけに決まってから実施までの期間が短かったからだ。
幸いにも、献帝本人が事前に教えてくれたから花は知ることができたが、 そうでなければ今頃うっかり孟徳と鉢合わせなんてことになっていたかもしれない。

献帝から話を聞いた後の行動は、自分でも早かったと思う。
孟徳が城に来る日に外に出ていられるような用事を探し、たまたま街への使いがあったので 立候補して仕事を回してもらった。
そうして今朝、孟徳が来ると思われる時刻よりもだいぶ早く城を出て、使いを済ませ、今に至る。
計算外だったのは、予想以上に早く用事が終わってしまって、時間を持て余してしまったことだ。
元の世界でいうところのウィンドウショッピングも考えたが、すぐに却下した。
店先に並ぶ装飾品や衣服、それにそこかしこで美味しそうな匂いをあげている食べ物が気にならないわけではないが、 それは以前、孟徳と街に来たときの思い出が強すぎる。
あれはこの都ではなかったが、街の雰囲気は似ているし、いずれにしても孟徳との思い出を辿るのは今の花には辛い。
どこかで甘味でも食べて時間を潰すというのも同じ理由で却下だった。
となると、特にやることはない。
活気付いている街の様子を、遠くにあるもののように眺めながら通り過ぎるぐらいが関の山だ。

「そろそろ…戻っても大丈夫かな…」
花ははぁと溜息を吐きながら爪先に目を落とした。
丁度、小さな石ころが足に当たって、ころころと転がった。
何気なくその動きを追った花は、すぐ傍の路地で誰かがぼそぼそと話しこんでいることに気付いた。
あんな暗くて狭いところで物好きだなぁと、何とはなしに目を向けながら花が歩いていると、 話し込んでいた二人のうち一人が、ばっと顔を上げた。
当然、花と目が合う。
「え…」
反応の仕方も目つきも尋常なものではなかった。
目が会った瞬間、ぞくりと悪寒が走った。
花は慌てて視線を逸らし、足早にその場を通り過ぎる。
「何か…やだな」
気味が悪い。
見てはまずいものを見てしまったような気がして慌てて立ち去ってしまったが、 彼らは何の話をしていたのだろう。
いや、見られたことに対してあれだけの反応を返すのだから、単なる気のせいではなく、 実際に見られてはまずい現場だった可能性が高い。
孟徳と一緒に過去に飛ばされたときに、城で清流派の密談を聞いてしまったときのことを思い出して、 花はぎくりと身体を強張らせた。
あのときだけでなく、元の世界から再びこちらの世界に戻ってきて暫く経った頃にも、 花は丞相暗殺計画をたまたま耳にしている。
ああいった話は、この世界ではそれほど珍しいことではないのかもしれない。
だとすると、もし今の話がそういった血なまぐさい相談なのだとしたら、標的は誰だったのだろう。
花は、すぐに立ち去ってしまったことを悔やんだ。
とは言え、相手に気付かれた以上、いずれにしてもあの場に居座れるはずもなかったのだが。
「確か今、二人いたよね…。ひとりは目つきの鋭い、がっしりした男の人で、 もう一人は…背中の影しか見えなかったらよくわかんないな…。あ、でも背も高かったし男の人、かな…」
ぶつぶつ呟きながら歩く花は、背後から向けられる探るような視線に気付くことはなかった。







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2010.12.30














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