人 魚 姫  恋 歌







「頼むよ、嘘だろう?こんなのは――」
「お願いだから目を開けてくれ。花ちゃん」
「頼むから――!」

今まで聞いたことのないぐらいに必死な孟徳さんの声が私を呼んでいる。
(ああ、こんな声を…こんな顔を、させたくなんてなかったのに……)

「私、このまま、自分の世界に帰るんです」
そんな言葉は、嘘がわかるこの人には何の気休めにもならないとわかっていた。
けれど、身体が重くて、腕一つ自由に動かせない。
大丈夫ですよって、泣きそうな顔をしてる孟徳さんの頭を撫でてあげたいのに。

「花ちゃん…お願いだから、生きて……」

痛いほどに握り締めている手を、握り返すことすらできないなんて。

段々と目を開けていることもできなくなってくる。
(ああ、どうしよう)
きつく掴まれた手の『痛い』という感覚すらなくなっていくなんて。
(私、このまま―――)

「花ちゃん――!」
呼ぶ声に、ふぅっと去りかけた意識の端をかろうじて捕まえることができた。

(駄目だ)
孟徳さんに、そんな、聞いてるだけで辛くなるような声で呼ばせておいて、
(駄目)
このまま、よりによって孟徳さんの前で死ぬなんて。
(駄目。そんなの、絶対に)
奥歯を強く強く噛み締めて、ほとんど感覚のない腕を床について、何とか身を起こした。
誇張でなく、渾身の力を振り絞って重い瞼を開くと、すぐ近くに孟徳さんの顔があった。
泣かないでください、という言葉は声にはならなかった。
唇から僅かに空気がもれただけで、想いは伝わらない。
けれど空気で何か察したのか、孟徳さんの顔が歪む。
(違う)
そんな顔させたくなかったのに。笑っていてほしかったのに。
(駄目。死にたくない。まだ、死ねない)
孟徳さんはきっとずっと苦しむ。本当はとても優しい人だから。自分のせいだと一生責任を感じてしまう。
何より、今まであんなに傷ついてきた孟徳さんを、これ以上傷つけたくない。
この人を、守りたい。
(お願い。少しでいい。少しでいいから、私に、時間を―――)
また奥歯を噛み締めようとして、口内のざらりとした感触に気付いた。
水に溶け残っていた薬だと理解した瞬間、最後の力を振り絞った。
ぐらりと揺れる身体をぎゅっと抱き締めるように支えてくれていた孟徳さんに顔を寄せる。

「………な、にを…」
口を押さえて呆然とこちらを見た孟徳さんは、すぐに意図に気付いて顔を顰めた。
「まさか薬を…!?」
思えば、とても強力だという睡眠薬を飲んですぐに意識を失わなかったのは、薬が水に溶け切っていなかったからだ。
それでも、これだけの傷の痛みを感じさせないほどの威力がある。
そんな薬を含まされた孟徳さんの身体が傾ぐ。
同時に、開いた扉から元譲さんの孟徳さんを呼ぶ声が聞こえてきた。
そこで漸く肩の力を抜くことができた。
元々気力だけで動いたようなものだ。感覚なんてろくにない身体は、孟徳さんの隣に並ぶように倒れこんだ。
「孟、徳さ………幸せ…に………生き、て」
ろくにろれつの回らない舌で伝えた言葉は、自分でもどこまで音にできたかわからない。
それっきり、意識はゆっくりと闇に沈んだ。








topへ←    →次へ



2010.11.20














*** お手数ですがブラウザバックにてお戻りください ***