「・・・っぁ」

目を開けて、まず耳に入ったのは、苦しげな自分の声。

しんとした室内。

城内の全ての者が眠りについている時間。

身に纏わりつく、濃い夜闇の気配。





■ 夜に... ■

BY 九堂 紫






カナンは肩で何度か息を吐いて、それから、羽毛の布団につっぷした。

嫌な夢を見た。

内容なんて覚えていない。
ただ、夢だというのに、全身に感触が残っているような、ざらりとした悪寒。
カナンはぶるっと身を震わせた。

こんなとき、無性に人恋しくなる。
しかしこんな時間に誰かを起こしに行くなどできるはずもない。
しかもその理由が、嫌な夢を見たから、だなんて。

だが、ただ・・・あのたった1つの温もりがあれば良いのにと思ったのは事実だ。

「・・・何を考えてるんだ、僕は」
自嘲気味に呟く。
彼の年より遥かに大人びたその所作は、しかし彼にとって必要なことだった。
仮にも人の上に立つものとして、滅多なことでは、弱音を吐くことも甘えることも諦めることも許されなかった。
否、自らを戒めることが彼の矜持に繋がっていた。
甘えをすら許してくれる家族や周囲の人たちだからこそ、彼らの迷惑にならぬようにと。いつかは彼らを手助けできるようになりたいと。
・・・もっともそれは彼の生来の性質によるものも多分にあったのだろうが。



それなのに、今、こんなにも誰かに縋りつきたい気分になろうとは。

無意識のうちに伸ばしかけた手を握り締め、胸の辺りに戻す。

代わりに唇が小さく動いた。


(―――ト・・・っ)



ほとんど音を成さなかったそれに、驚いたことに返る言葉があった。


「・・・カナン様・・・?」
押さえ気味に、確かめるようにそっと囁かれた声。

カナンはびくっと身を震わせドアの方を振り仰いだ。

確かに聞こえた声。

そんなわけはないのに。


カナンは寝台を降りると、そろそろとドアに近付いた。
「セ・・・レスト?」
「はい。ここに」

今度こそは確かに。
確信を与える声。

「・・・っ。何でお前がそこにいる。いつからだっ」
胸に広がる安堵感を他所に、カナンはトーンを抑えた声で問いただした。

「は・・・。すみません」
「謝らなくてもいいから答えろ。何で、いつから、そこにいるんだ」
間があった。
答えられないのではなく、律儀に時間を数えているのだろうと直感的に察する。
果たして、数秒後に答えが返って来た。
「2時間・・・ほどです」
「2時間も・・・」
ここのところ冬の厳しい冷気は緩んできているとは言え、夜の廊下は冷え込むに違いない。

そこで、はたと気付く。
今は何時だった?
もう夜が更けきっていることは確かだ。
消灯時間にあれほど五月蝿いセレストが、こんな時間にこの自分の部屋までやってくるなど・・・

「・・・お前がこんな時間にこんなところまで来るなんて・・・何かあったのか?」
自然と、声も訝しげなものになる。

「いえ、私は、ただ・・・」
「ただ?」
「その・・・嫌な夢を見まして」
「ゆめ・・・?」

鸚鵡返しに聞く。
だって、嫌な夢、だなんて。
それではまるで自分と・・・


「申し訳ありません。自分でも愚かなことだとは思ったのですが、どうしても気になって・・・すぐにでもカナン様のお傍に参りたくて・・・」

「・・・・・・」


キィと遠慮がちな音を立てて扉が開かれた。
そっと顔をのぞかせたカナンがセレストの姿を捉える。
壁際に膝をついた態勢から、恐らくこの2時間の間、仮眠を取る要領で壁際に凭れて座っていたのだと容易に推測できて、カナンは眉を潜めた。

「・・・風邪を引きたいのか、お前は」
「いえ、そういうわけでは・・・。申し訳ありません」
「何を謝っている。とりあえず部屋に入れ」

促して、カナン自身も部屋に戻った。
セレストは一瞬躊躇したようだが、生真面目な表情で一礼すると、「失礼します」と部屋に足を踏み入れた。


カナンはベッドにすとんと腰掛けた。
ドアのところで所在無さげに立つセレストを見遣る。

「そんな所に立ってないでこっちに来い」
「は、はぁ・・・。しかし・・・」
「いいから来るんだ!」
「・・・では失礼いたします・・・」
多少強引にセレストを自分の隣に座らせて、それから徐に口を開いた。


「・・・で?」
「は?」
「だから・・・何か僕に言いたいことがあったんじゃないのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「嘘だ。何か言いたそうな顔をしてたじゃないか」

鋭い言及に、セレストは困ったような表情を浮かべた。
それが苦笑に変わる。

「いえ、本当に、カナン様に何か申し上げたかったとかそういうわけではないのです」
「ならどうしてここに来た?しかも、用があるなら僕を起こせばいいものを、2時間も廊下に座り込んで・・・」
「眠られているカナン様をこんな時間にお起こしするなど、とんでもない!」
「・・・。じゃぁ何か?お前は朝になるまでそうしているつもりだったのか?」
「そういうことに・・・なりますね」
「・・・」

普段はわかりやすすぎるほどにわかりやすい男なのに、たまにこうして、自分には全く理解できない行動を取る。
カナンはふぅと溜息を吐いた。

「もう一度だけ聞くぞ。お前、一体ここまで何しに来たんだ」
「・・・カナン様のお顔が見たくて・・・」

「・・・っ。じゃ、じゃあ起こせばいいだろう!」
睦言めいた言葉に、カナンの頬にうっすら朱がのぼる。

「いえ、お声を聞くだけでも・・・気配を感じるだけでもよかったのです」

セレストの表情に浮ついたものは見受けられない。
どうやら単なる言葉遊びというわけでもなさそうだ。

「こんな時間にお邪魔するわけにはいかないと思ったのですが、居ても立っても居られず・・・。そしてここまで来てカナン様の気配を感じ、漸く安心できたのですが、もう少しカナン様の気配を感じていたくて・・・」
「で、2時間の座り込みというわけか」
「は・・・。恥ずかしながら」

「まったく、お前というヤツは・・・」
「申し訳ありま・・・カ、カナンさまっ!?」

突然、自分の胸の中に飛び込んできた温もりを、セレストは焦って受け止めた。


「・・・タイミングよすぎるぞ、お前」
「は?タイミング?何のお話でしょう」
慌てながらも、ぽつりと漏らされた呟きに律儀に反応を返してくる。
その問いを放って、カナンはセレストの服をぎゅっと握り込んだ。
動揺してあたふたとする気配を頭上に感じながら、それはきれいに無視して。



こうしていると、布地を隔てて体温が伝わってくる。

ああ、セレストだ―――

カナンはゆるりと目を閉じた。


ふと思い出したように顔を上げる。
「そうだ」
「ど、どうかされましたか?」
「お前、一体どんな夢を見たんだ?」
「いや、それは・・・」
「話の流れから察するに、僕の夢だったんだろう?」
「う・・・」
「なぁ。どんな夢だったんだ?僕が出てきた嫌な夢というのは」
「えぇと・・・それがはっきりとは覚えておりませんで・・・」
目を泳がせるセレスト。
「・・・お前、あいかわらず嘘が下手だな」
「え!?いえ、そんなっ」
「まぁいい」

そう。そんなこと今はどうでもいい。

必要なのは。
大事なのは。
今ここにこの温もりがあるということ。



顔面に広がる笑みを隠し、声だけは不機嫌を装って言う。

「僕を起こした罰として、お前はもう暫くここでこうしていること」
「そんな無茶苦茶な・・・」


情けなさそうな声で唸るセレストを後目に、カナンは再びうっとりと目を閉じた。

温もりをしっかりと全身で感じながら。






そして、いまだ彼が知らない1つの事実。

セレストが見たのが、カナンが1人ぼっちで泣いている夢だと知ったら、一体彼はどんな顔をしただろうか。


それは誰にもわからない。







今はただ、この温もりだけを、大切に―――












2002.02.24アップ
はは・・・。何かいてんねや私・・・。(ガクリ)
えーと。何て言うかちょっとほのぼのしてみました。




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