いつかは来るその時を。 楽しみにすると同時に、僕は本当はその時が来るのをとても恐れていた。 何故なら別離のない旅立ちなど有り得ない。 そして、遂に来たその時に―― …父上は何も仰らなかった。 ただ、いつもの穏やかな瞳に寂寥をのぞかせながら、じっとこちらを見ておられた。 まるで網膜にこの姿を焼き付けるかのように。 そうして、お前が決めたことならばと背を向けられた。 肩が僅かに震えていることに気付き、僕は申し訳なさでいっぱいになりながら深く頭を下げた。 母上は気丈だった。 最初は僕の話を何かの冗談だと思われたらしいが、徐々に顔色を青褪めさせ、 それでも背筋をまっすぐ伸ばした姿勢は崩されなかった。 菫青色の目の縁を赤くされながら、「行くのであれば、必ず目的を、夢を、果たしなさい」と仰った。 姉上はお倒れになりそうなところを兄上が支えられた。 「どうして…?」と涙をいっぱいに溜めて問われたが、僕は何も言わず、ただ姉上を見つめ返した。 やがて落ち着きを取り戻された姉上は、「お城を出てもあなたは私の弟よ。 ずっと、それは変わらないわ」と穏やかに仰った。 兄上は僕の話を聞いた後、一番最初に「…そうか」と答えられた後、長い間沈黙を守っていらっしゃった。 姉上を支えられ、父上と母上を気遣われ、そうして最後に静かに仰った。 「私はお前という弟がいることを誇りに思う」と。 僕は僕の選択を後悔してはいない。 けれど、この選択が周りに与える影響を、そして僕の大切な人たちをどれほど傷つけるかは 多少なりと理解しているつもりだ。 そんな僕に、言えることは何もない。 最後に深々と礼をして、僕はその場を辞去した。 小高い丘に広がる草原の中、背筋を伸ばして立つ少年の髪が風に靡き、辺りに黄金色の光を投げかける。 背後から青髪の誠実そうな青年が声をかけた。 「カナン様」 「…セレスト」 振り返り、よく通る声で応えてふわりと笑う。 澄んだ青色の瞳が笑みを含むのにつられるように、男の緑の瞳も優しさを増した。 「そろそろ、行かれますか?」 「うむ、そうだな。行こう」 草を薙ぐように風が吹きすぎた。 二人の纏う髪を、服の裾を、マントを翻しながら――― END. 2006.03.14/九堂紫 |