『密なる・・・』





木々の葉を揺らす風がプラチナの横を通り過ぎジェイドにまで届いたとき、彼は漸く口を開いた。
「・・・何をおっしゃってるんですか、貴方は」

久しく聞いていなかった不機嫌なジェイドの声に、プラチナは唇を噛み締めた。
顔が上げられない。

継承戦争時には幾度も聞いた冷たい声。
最後に聞いたのはいつだろうと思うぐらいに聞いていなかったその声音が、今こんなに恐いと思うのは自分の弱さだとプラチナは思う。
けれど、それでもやはりジェイドの顔を見ることはできなかった。

さくりと地面を踏む音と気配で、ジェイドが近づいてきたのがわかった。
逃げ出したくなるのも身を竦めそうになるのも必死に堪えて、プラチナはその場に踏み止まった。


「プラチナ様・・・。それ、俺の台詞ですよ」
ぽつりと漏らされた声はひどく静かなものだった。

思わず弾かれるように顔を上げジェイドの顔を捉えようとして、失敗に終わる。


気付けばプラチナはジェイドの腕の中に抱き込まれていた。
身動きもできないほどの強い力で。





「ジェ・・・ジェイ・・・」
プラチナは、何とかジェイドの腕を振り解こうと身を捩る。


「・・・っ。ジェイド・・・!」
非難するような響きを込めて名を呼べば、拘束する腕の力はさらに強まった。
さらにかぶせるようにジェイドが言葉を発した。

「・・・貴方の方こそ!俺のことをどう思ってるかは知りませんが・・・!」

決して大声ではなく。けれどその叫びはプラチナの動きを止めるに充分だった。

「俺は貴方の傍にいたいと願った・・・!そして貴方はそれを認めてくれた・・・・・・違いますか?」

「・・・違・・・っわない・・・!その通りだ」

「プラチナ様が認めたんですからね。今更撤回なんて聞きませんよ、俺は!」

「誰が・・・誰が撤回すると言った!」

「それなら!俺の気持ちも認めてくださいよ!」


プラチナは目を見開いた。

「俺は・・・!貴方の傍にいたいんですよ!他の何を捨ててでも・・・!」

血を吐くように腹の底から声を絞り出す。



「・・・確かに。俺には前科がありますからね、今更『信じてくれ』なんてムシのいいことは言えませんけど」

抱く手に力を込め、流れる銀髪にそっと顔を埋めた。

「けど、それでも、貴方には信じて欲しいんですよ、俺は」

振動ごと伝わる真摯な響きに、プラチナは息を呑んだ。

「・・・っ」



こういう言葉を、こういう声音を知っていた。
けれど、まさかそれを「この男が」「自分に向けて」口にするなんて夢にも思わなくて、だから心臓が止まりそうなぐらいに衝撃だった。




「・・・もう、どうしようもないほど・・・俺の中はあなたでいっぱいなんです。
それを消すつもりは俺には全くありません。・・・できやしません、そんなこと」

吐息をつくかのように吐き出されるそれはゆるりとプラチナの中に浸透していく。
深く。深く。


「だから、これからもずっと、貴方の傍に・・・いさせてください」






「ぁ・・・」

プラチナは漸く声を出すことに成功した。


「・・・プラチナ様・・・」

答えを促すように名を呼ばれる。
それがこの男にしては気弱そうな響きだと思うのは都合の良い思い込みだろうか。


「ゆ・・・」

『許す』と言いかけてプラチナは言葉を飲み込んだ。


違う。それでは足りないのだ。
だからこそこんなにも不安だった。


だから。

・・・だから。



「・・・るさん」

「え・・・」




「・・・離れたりしたら許さんからな!」

一つ、大きく息を吸って、一気に吐き出した。


「!」

一瞬、隠しようのない不安を宿した紫の瞳が、驚きに見開かれる。





それから、その意味を漸く理解した瞳が優しく細められた。


「プラチナ様・・・」

「最初に言い出したのはお前なんだからな・・・!もう撤回はきかんぞ!」

赤く染まった顔を隠すかのように、プラチナは目の前の温もりに思い切りしがみついた。

「・・・はい」

ジェイドは自ら腕の中に飛び込んできた輝きを大事に大事に抱きとめる。



「絶対・・・だからな」

「撤回しろと言われてもしませんよ。絶対に!」













永遠など信じない。

いつまでも幸せに、なんて童話の結末のようなことは思う事すらできないけれど。




それでも。



手に、肩に、頬に、全身に感じる温もりは本物で。





だから、もう。

この温もりがある限り、あの不安は感じない。











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2002.08.18アップ

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