『密なる・・・』
「・・・あ・・・」
足音に反応したのかプラチナが顔を上げて振り返り、そして微かに目を見開いた。
「どうせ抱きつくなら、こんな木じゃなくて俺にしてほしいんですけどね」
ジェイドは軽口を叩きながら不敵な笑みを浮かべる。
その台詞が限りなく本音であったことは恐らく本人しか知らない事実。
「さて、プラチナ様?今日の脱走は一体どういった理由で?」
何かお気に召さないことでもありました?と軽く問いを投げかけてみると、生真面目なプラチナの柳眉が顰められた。
「脱走とか・・・そんなんじゃない。少し休憩を取りにきただけだ」
「休憩、ねえ。わざわざこんな遠くまでですか?」
「・・・・・・政務に影響は出てない、はずだ」
「それがねえ、思いっきり出ちゃってるんですよね」
わざとらしく溜息をついてみせる。
「そんなはずはないだろう。今日の仕事は粗方やり終えていたはずだ」
「貴方の仕事は、ね」
「・・・」
わからないというふうにこちらを見るまっすぐな瞳に、ジェイドは人の悪い笑みを浮かべた。
「俺の仕事が滞っちゃうんですよね。プラチナ様がいないと」
「何故だ。お前のところにいく書類で俺の承認が必要なものには、今日の午前中に全て印を押しておいたはずだ」
さすがは天然。
政治上の駆け引きならいざしらず、個人的な問題、しかも自分絡みのこととなると比類なき鈍さを発揮する。
だからジェイドとしても、遠回しな表現で暫くプラチナを悩ませながらも、最終的にはストレートな物言いに収まるということに慣れてしまった。
「貴方の姿が見えないと落ち着いて仕事できないんですよね、俺。
プラチナ様の居所が不明だと何も手につかないんで、結局、仕事とまっちゃうんですよ」
「・・・。おまえな・・・」
暫しの沈黙の後、それは俺のせいじゃないだろうと軽く睨みつけられたが、僅かに染まった頬を見逃すジェイドではない。
くすくすと機嫌良く笑うと、ジェイドはプラチナに手を差し伸べた。
「さあ、プラチナ様。帰りましょう」
「・・・ん。・・・・・・ああ」
根気強く手を伸ばしていると、躊躇いがちにそっと手が乗せられた。
他人の好意を無にする人ではない。
本心から好意を向ければ、少しぐらいの戸惑いやら驚きやら羞恥を抑えてでも必ず応えてくれる。
知っているジェイドはその手をぎゅっと己の手の内に握りこむと、プラチナに問い掛けた。
「ところでプラチナ様。こんなところで何してらっしゃったんです?」
「・・・別に何も」
「何もないってことはないでしょう。ここはいつもの散策コースからだいぶ外れてますよ?」
「・・・・・・そうか?」
「ええ、そうですとも。こんなところまでプラチナ様がいらっしゃるのは余程仕事が煮詰まってるときか、もしくは何か悩んでらっしゃるときだけですから」
「別に・・・悩みなど・・・」
「成る程。悩みの方でしたか」
「・・・っ!違うと言っているだろう!人の話を聞いているのかお前は!」
「聞いてますよ〜。何しろプラチナ様のお言葉ですからねえ。この私が聞き逃すはずがないでしょう。」
そんな勿体無い、と言って嘘臭いほど晴れやかな笑顔を浮かべるジェイドにプラチナはムッとする。
この男と話しているときはいつもそうだ。
どうにも、からかって遊ばれているような感が否めない。
「お前は・・・っ。俺の言葉を耳で捉えてはいても頭で考えたことなどないのだろう」
「・・・どういう意味ですか?」
「いつもいつも、自分の気持ちは隠しておきながら・・・」
プラチナはかぶりを振った。
視界いっぱいに銀の光が満ちて、ジェイドは思わず目を細めた。
「そのくせ、俺の・・・っ」
後ろで結い上げている長い髪が前の方に流れてきて、俯き加減のプラチナの表情を隠した。
「プラチナ様・・・?」
「俺はお前の人形じゃないし、一人では何もできない子供でもない!」
「・・・!」
「お前がどう思ってるのかは知らんが、俺はそんなに弱くない。だから・・・お前はお前のしたいようにすればいいんだ」
「・・・・・・」
ジェイドは苛立たしげに眉根を寄せた。
2002.08.10アップ