『密なる・・・』
飄々とした雰囲気と怜悧なイメージをあわせもつ参謀の彼が、急ぎ足で城内を駈けずりまわるのは大層久々のことだ。
何しろ彼が付き従う奈落王は、正に非の打ち所のない王であって、仕える者を困らせたり手を煩わせることなど皆無に等しいのだから。
行き交う召使たちが会釈するのにも構わず、ジェイドは銀色の髪を持つただ一人の主君の姿を求めていた。
普段の彼をある程度知る者であれば、冷静な参謀殿の常ならぬ様子に気付き、何事かと眉を顰めたであろう。
もっとも、よく知る者であれば、彼を慌てさせる原因に瞬時に思い当たり、彼の非常事態体制よりも寧ろそれを作り出した「原因」の方に心を馳せたであろうが。
「まったく・・・どこに行かれたんだ、プラチナ様は」
苛々と呟く。
城内は探し尽くした。
・・・まさかお忍びで町にでも出掛けたか?
嫌な予感が脳裏を掠める。
お忍び。
客観的にはのんびりした言葉だと思うが、事が自分の使える主のこととなると話は別だ。
紫色の瞳がきゅっと細められた。
ちょっとした息抜き程度の散歩ならば、継承戦争時代には幾度かあったことだ。
けれど、奈落王に即位してからは、全くと言って良いほど、彼が自分に何も言わずにどこかへ出掛けることはなくなった。
だから安心していたのだが。
そのとき、不機嫌に歪められた頬が、ふいに緊張を解いた。
「そういえば、あそこがまだだったか」
ジェイドは、何処かへと足を向けた。
城と言えば権威の象徴。
それを如実に示すかのように、奈落王の居城は桁外れに大きい。
王個人の私有する森が城の周りをぐるりと囲み、侵入者を阻んでいる。
敷地の外からでは、鬱蒼と茂る森と、そこから飛び出た城の外郭の上部ぐらいしか視認できない。
奈落において最も入り込むのが困難な場所、それがこの場所だ。
仮にうまく忍び込めたとしても無事戻ってきた者はいないと言われる。
支配者である王の身の安全だけでなく、最重要機密である王の情報を僅かも漏らさぬようとの徹底した警護態勢が城の随所に盛り込まれている為だ。
もっとも、奈落王は奈落における「神」のような存在で、強さから言っても王こそがこの地で最強であることを考えれば、この警備は些か行き過ぎの感が否めない。
よってそこまでの警戒は必要ないだろうと言うプラチナに、ジェイドはこれでもまだ足りないぐらいだと強く主張していた。
プラチナを最低限度の人間としか関わらせたくないし見せなくないというエゴが理由の大半だなんてことは継承戦争時代の部下なら誰でもわかっていることだ。
だが、今回はそれが裏目に出た。
城内をくまなく探すと一口には言っても、本当に一苦労なのだ。
このときばかりは無駄とも思える敷地面積に辟易しながら、ジェイドは目的の場所へと歩を進めていた。
「全く・・・イイ運動になりますよ」
誰へともなく呟く言葉にも皮肉を込めてしまうのはもはや習性なのかもしれない。
時折、道なき道に踏み入り、森の奥まで進む。
この区画はプラチナのお気に入りの散策コースの延長線上だ。
プラチナはさほど遠出はしなかったが、何か思索に耽っているときなど、たまにこの辺りまで足を伸ばすことをジェイドは知っていた。
ぴたりとジェイドの足が止まった。
そこは光が優しく差し込む場所。
堂々とそびえる巨大な木が、天に向かって大きく枝を張り出させている。
・・・いた。
ジェイドの瞳は、すぐに探し人の姿を見つけた。
鋭かった眼差しが、一瞬だけ安堵の色に染まった。
2002.08.04アップ