『密なる・・・』





勝負は一瞬だった。


ジェイドは感情のない瞳で、動かなくなった翼持つ者を見下ろした。
稀にだが、この城に天使が入り込んでくることがある。
プラチナの意向を汲むならば、正気を保ったままの天使は保護しなければならない。
けれどこの天使は既に自我を失っていた。
狂気と破壊に取り付かれた彼らを救うには彼らの魂を自由にしてやるしかない。

「魂を救う、ね」

ジェイドは喉の奥で笑いを漏らした。

救うと言えば聞こえはいいが、実際には殺すことに他ならない。
どうしようもないからその存在ごと消す。それだけのことだ。
とんだ偽善だ、と。そう彼が思ったのかどうかは定かではない。

このとき彼が笑ったのはもっと別の理由だったのだから。


「プラチナ様が知ったらどんな顔をなさるだろうな」


魔人でありながら。しかも奈落王という地位にありながら、彼は王子時代からずっと、天使を手にかけることに痛みを感じていた。
しかし、暴走する天使を止めるにはそれしか方法がないと割り切って、そして自らの手を血に染めていた。
ひどく優しくて、そして不器用だと思う。

実際のところ、その点において自分と彼とはまさに対極を成す。
自分はそんな風に思ってとどめをさしたことはない。
己の前に立ちふさがる敵を排除する。ただそれだけの話だ。

今、侵入者であるこの天使を倒したのだって、邪魔だったからに他ならない。
あるいはここが城の近くでなければわざわざ手を下さなかったかもしれない。
ジェイドには奈落に落ちてきた全ての天使をどうにかする義理などないのだ。
しかし場所が悪かった。
プラチナの身を脅かすかもしれない「侵入者」。
「救う」という観念など露ほどもなかった。
ただ相手の消滅のみを望む。
プラチナに害を及ぼす可能性のある全てを排除する。
いっそ冷酷なほど。
ジェイドは無慈悲に侵入者の命を刈った。


「まぁそれはともかく・・・また一つ、仕掛を作り直さないといかんな」
触媒に使っていた細紐を手に溜息を吐く。
仕掛としての役割をまっとうしたそれは真ん中で無残に千切れていて、もはや用を足さない。
城の周りには、こうした外部の者の侵入を即座に知らせる仕掛が密やかに張り巡らされている。
知っているのはそれを施した彼自身だけだ。




「・・・っと」
一陣の風が舞い踊った。
木々をざわめかせ、そして散りつつあった白い羽根を舞い上がらせた。

差し込んでいた陽の光に反射して、羽根は一時、小さな光の塊に姿を変える。

ジェイドは目を細めた。

幻覚とわかっている。
それでも、すぐ目の前、輝く銀糸が舞ったような気がした。

思わず手をのばし、光を一つ捕まえた。
何をやっているのかと舌打ちしたい気分になりながら、それでも捕まえた光を邪険に扱うことができず握る手つきがとても優しくなってしまったことに気付いて、再度顔を顰める。

幻影に過ぎないとわかっているのに。
まったくもって馬鹿すぎる。


本人にはこんな風に触れることもできないのに。

否、だからこそ、か。



ジェイドは唇の片端を持ち上げて笑うと、手の中で光から羽根に戻った物体を地面にはらりと落とした。










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2002.08.04アップ

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