ジェイドは飽きることもなく、眠り続けるプラチナの顔を見詰めていた。
あれから数日が経過していた。あの場に居合わせたサフィルスやルビィ、
それから城に戻ったアレクや、他の部下たちも次々とこの部屋を訪れたが、彼は一向に目覚めない。
もちろん、彼がこうしてここにいるというだけで、絶望は安堵に塗り替えられるのだが、やはり幾ばくかの不安もあった。
即ち、生きてはいても、このままずっと目覚めないのではないかと。
あの後、どうすれば目覚めるのかと聞いたジェイドを、ベリルはじっとただ見返した。
続く沈黙に、さすがに訝しく思い始めた頃、ベリルは告げた。
「目覚める方法はプラチナ自身が決めた。というより、魂が封じられたまさにそのときに
彼が望んだことがそのまま目覚めへの契機となる。
だから僕はその方法を知らない。多分、知っているのは君だけだ、ジェイド」と。
言われた内容にまず戸惑った。
一年前、目を閉じたときにプラチナが何を思ったかなど、ジェイドに知る由もない。
最後に言いかけた「もしも」の後に続く言葉がそれだったのかもしれないが、
結局プラチナは、その後の言葉を言わずに眠りについてしまった。
プラチナの一番近くにいて誰よりも彼を見詰めてきたという自負はある。
それでも、相手の全てがわかるはずもない。
「ジェイド。プラチナ様はまだ目覚めませんか?」
後ろ手に静かに扉を閉めたサフィルスが、小声でそう問いかけてきた。
「…ああ」
「そうですか」
昼夜を問わずプラチナに付き添い続けるジェイドが、
プラチナ以外に愛想も素っ気もないのは今に始まったことではない。
サフィルスは気にすることもなく、暫しの間、ただ眠っているだけのようにしか見えないプラチナの顔を見詰めた。
「…今も同じ気持ちでいてくれるなら、だそうです。ジェイド」
ジェイドは何のことだとサフィルスに視線を向けた。
サフィルスは何かから解放されたような穏やかな表情で苦笑していた。
「お前、何か知っているのか?」
「…あなたとアレク様のことを頼まれたと、以前言いましたよね。
あのときに、聞いていたんですよ。もしかしたら、生き返るかもしれないと」
ジェイドの瞳に剣呑な光が混じる。
なぜ言わなかったと目で雄弁に伝えてくるのに、
言葉にしないのは、わかっているからだろう。そうサフィルスは察したが念のために言葉にする。
「生き返るかもしれないと信じて、もしそうならなかったら、後には完全な絶望が待つだけですから」
ジェイドは表情を和らげた。
サフィルスが何から解放されたのか思い至ったからだ。
先に待つのが絶望かもしれない希望を、一年間、ひとりで抱えるのは重かったに違いない。
プラチナはサフィルスならこの秘密を告げても大丈夫だと踏んだのだろうが、
――確かに、アレクがいる限りサフィルスが完全に絶望に堕ちる事はないだろうが――それでも、
万が一の場合は限りなく絶望に近い感情を抱くであろうほどには、
サフィルスが既にプラチナに心を傾けていたことをジェイドは知っていた。
「すまなかったな」
本心からの謝罪は気負わずとも口から零れた。
「あなたに謝られる覚えはないですけど。…それにしてもあなたが私に謝るなんて珍しいですね」
槍でも降らなきゃいいですけどと言ったサフィルスに、ジェイドは肩を竦めた。
「プラチナ様のことだからな」
暗に、自分が仕掛けるときは確信犯なので謝るはずもないと告げると、サフィルスの頬が引き攣った。
「それで?」
ジェイドは椅子の背にもたれて、立ったままのサフィルスを改めて見上げた。
「それで、とは?」
「今も同じ気持ちでいてくれるなら、というのはどういう意味だ?プラチナ様がそう仰ったのか」
サフィルスは「ええ」と頷いた。
「プラチナ様が仰ったことを全てお伝えします。
プラチナ様はアレク様とあなたのこと…特に、あなたのことを頼むと仰った。
間違っても自分の後など追わないように見ていてくれと」
ジェイドは頷いた。そこまでは、以前に聞いている。
「私があなたに提示した一年という期間は、プラチナ様の仰った期日です。
ベリルさんがプラチナ様の身体を治すのにかかる時間、ということになるのだと思いますが。
自分がいなくなることで忙しくなるのにこんなことを頼んですまないが、
せめて一年間はジェイドをこの世界に留めてくれと言われました。そして一年経ったとき…」
そこでサフィルスは、躊躇うようにいったん言葉を切ったが、ジェイドの視線に促されるように続けた。
「"一年経ったとき、もしジェイドが俺のことを忘れて残りの生を幸せに生きてくれるようなら、
そのほうがいい"と仰って…もしそうなら、計画は中止するから、この事は私の胸一つに収めるようにと」
「な…っ」
ジェイドは絶句した。
つまりそれは、自ら、甦りを拒否するということだ。
それだけではない。
既にプラチナの魂は体と同一化している。
この状態で甦るのをやめるということは、完全な死を意味するというのに。
「つまり、あなた一人に委ねたんですよ。わかります?
あなたのためだけに理を曲げてまで甦ろうとしてるんですよプラチナ様は」
ジェイドは思わず寝台のプラチナを振り返った。
未だ目覚めない彼からは、何の感情も見て取れない。けれど。
「プラチナ様…」
ジェイドはプラチナの顔を凝視して、ぽつりと呟いた。
「…馬鹿ですよ、貴方は」
声は少し震えていた。
サフィルスは慈愛の目でプラチナを見た。プラチナとジェイドの二人を、だったのかもしれない。
「プラチナ様は、あなたが育てたとは思えないぐらい…まっすぐで不器用で一途なかたですね。
少々鈍い点もありますが。私が、プラチナ様の死後に一番公正な判断ができるなんて、
買いかぶりもいいところです。私だったら、ジェイドの今後なんかお構いなしに、
プラチナ様の蘇生だけを願って秘密を即座にばらしていたかもしれないのに。
私だってプラチナ様に生きていてほしいし、アレク様ももちろんそう望まれるでしょうから」
けれどそうせず、一年間ただ全てを見守り続けた彼は、「でも」と静かに付け加えた。
「そうしなかったのは…あの方の期待を裏切りたくなかったから…でしょうか」
衣擦れの音にジェイドが振り返ると、腰を曲げ、最敬礼をしたサフィルスが目に入った。
「だから…お願いします。プラチナ様を呼び戻してください。あなたにしかできないんです、ジェイド」
顔を上げてそういった目は、ひたすらに真摯だった。
ジェイドは唇を噛み締めて俯く。
「もちろん俺だってそうしたいさ!だが…」
「いいですか、プラチナ様はあなたのために生き返ろうとした。
目覚めの鍵は絶対にあなたが持っているはずなんです。あなたが今もプラチナ様の甦りを望んでいると、
プラチナ様を誰より想っていると証明できるような何かを。
ほら、例えば…特別な日とか場所とか、出来事とか会話とか、あったんじゃないんですか!?」
焦れたように語気を荒げたサフィルスに、ジェイドが間髪入れずに怒鳴り返した。
「特別な日なんてない!」
「ジェイド…!あなた、それでもプラチナ様の…」
「傍にと願って!それを許してもらって!それから…毎日が特別だった…!
その中で一日だけ特別だった日なんて、ない」
「ジェイド…」
虚を突かれたようにサフィルスは押し黙った。
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2009.06.07
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