子守歌 (7)






バルコニーの奥に姿を消した二人をジェイドは即座に追った。
銀の光だけをただ追って、階段を駆け上がり廊下を走りぬけ、 彼らがプラチナの部屋に入ろうとしていたところでようやく捕まえた。
「どうして…っ」
名を呼びかけるにも躊躇われ、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。
「…やぁ、久しぶり、って言ったらいいのかな」
水色の髪をふわりと揺らせて、振り返ったのは青の賢者。その手はプラチナを支えたままだ。
「ベリル…!これはどういうことだ…!」
余裕をなくしたアメジストの瞳が、ぎりと睨みつける。
対するベリルはと言えば、小さく首を竦めただけだった。
「どうもこうも…見たまま、だと思うけどね」
視線を、隣のプラチナに滑らせる。
「プラチナ、様…」
つられるように視線を向けたプラチナから、ジェイドは、首を振ることで漸く目を逸らすことに成功した。
思い切るように固い声を投げつける。
「何のつもりか知らないが…プラチナ様の身体を…紛い物を作るなど…プラチナ様を貶める行為が許されると思うな…!」
常の口調を崩してそう叫んだジェイドに、ベリルはきゅっと目を細めた。
「…ジェイド。君は考え違いをしている。いや、本当は気付いているんだろう。 確かに今は僕が魔法で身体を操っているに過ぎないけど…これは紛れもなくプラチナ本人だ」
「な、に…」
ジェイドの表情に険しさを増す。

プラチナは手厚く葬られたはずだった。
青の賢者と呼ばれた、外見上は少年にしか見えない彼は、ジェイドの疑問を掬い、事も無げに答えた。
「あれは偽物さ。この体こそ本当の彼の身体」
「馬鹿な!一体何のために…」
「崩れていく体を、今までかかって修復したんだ。…作り方は僕しか知らないからね」
「治せる…のか…!?なら、なぜプラチナ様が生きているうちに治さなかった!」
「できるものなら僕だってそうしたさ。だがこれは違う。これは治療じゃない。 身体を作り替えるといった方が正しい。骨や内臓を入れ替えるんだ。生きている間であれば、 魂はその痛みに耐えられない。死に至るに充分なほどの痛みだからね。 だから、身体だけは修復できたとしても、死を認識した魂が抜けて、ただの抜け殻になってしまう。 それじゃあ、意味がない。…とはいえ、魂をいったん剥がして身体を修復しようにも、 剥がした魂を確実に元に戻せる保証はない。いや、戻らない可能性のほうがはるかに高いだろうね。 あれだけは本当に…偶然の産物だから」
最後の一言を言うときだけ、ベリルは目を伏せた。
ベリルはプラチナやアレクの身体をつくりはしたが、魂だけはその管轄になく、 本当に偶然の産物だったのだと嘗て彼自身が語っていたことをジェイドは思い出した。

「魂……。まさか…!」
混乱しながらも考えを巡らせていたジェイドがハッと声を上げた。
何かに気付いたようなその声に、ベリルはにやっと笑った。
「さすがに優秀だね、ジェイド」
ベリルの瞳の奥に浮かんでいた影は既にきれいに消えている。
それは彼が感傷を無理矢理振り切ったようにも感じられた。
もっとも、今のジェイドにはそれを斟酌する余裕などなかったが。

「魂が抜ける直前に、封じたのか!その身体に」
「ご名答」
「だが…!それなら…なぜそのことを我々に告げなかった!?」
「…作り手の僕ですら、成功するかどうかはわからなかった。 だから皆には言わなかった。だって、希望の後の絶望の方が…辛いだろう」
ベリルは声の調子を落とした。
ジェイドは眉を顰めたままだが、反駁することなく沈黙した。
納得はできないが、理解はせざるを得ない。ベリルの言うことは間違ってはいない。
だからベリルに文句を言う代わりに、ジェイドはプラチナに目を向けた。

ベリルは一通りの質問には答えたと言わんばかりに、ジェイドを尻目にプラチナを伴って室内に入り、寝台に彼を寝かせた。
体重分だけシーツがふわりと沈む。塵一つなく真っ白に保たれた寝台が、一年ぶりの主を優しく迎え入れた。
その様子を見守ってから、ジェイドは声をかけた。
「それで…あなたがこうしてプラチナ様を連れて出てきたということは、成功したと考えて良いんですね?」
「…一応はね」
「一応、ですか。では、プラチナ様の魂は……この身体の中に眠っている、というわけですか?」
「ああ、そうさ。プラチナの魂はこの体と同一化した上で封じこめられている。深い眠りについているんだ」
「どうすれば目覚めるんですか?」
答えを急ぐジェイドをひたと見据えたベリルが低い声で言った。
「その前にひとつ、言っておくよ」
「何をです」
心持ち警戒しつつ問いかける。
「プラチナの…この体が次に壊れたときは彼は魂ごと消える。 二度と生まれ変わることはない。永遠の輪廻から外れることになる」
ジェイドの眉がぴくりと上がった。
「どういうことですか?」
「そういう術なんだ。同一化といっただろう?魂をひとつの身体に無理矢理縛りつけるんだ。 本来であれば肉体が滅びるとき魂は肉体から解放され輪廻の中に戻り、次の生を待つ。 けれどこの術をかけた以上、魂は肉体から解き放たれることはなく、ともに滅びるより他はない」
「…そのことをプラチナ様は知って…?」
「ああ、病床のプラチナに最初にこのことを提案したときに、全て話してある。 プラチナは迷ってたよ。というか、最初はすっぱり断られたよ。 生まれ変われないことが嫌なんじゃなくて、甦るなんていう、 理に外れたことを行うことに抵抗があったみたいだね。ほら、プラチナはお固いところがあるからね」
フフッと笑って言う声に嘲りではなく慈しみが浮かんでいるのは、 彼がプラチナのそういう部分も好ましいと思っているからだろう。
それはジェイドも同じだった。もっとも、多少歯がゆくはあったが。
永遠を要らないと言ったプラチナ。
自分のことには無欲であった彼に、もっと求めて良いのだと何度思ったことか。
「…けれど、ぎりぎりになって彼は僕のこの提案を受け入れた。 僕の見たところでは…多分、プラチナの決心を覆したのは、ジェイド、君なんだろうと思うのだけれどね」
「…」
ジェイドは無言だった。
そんな覚えはない。大体、ベリルがそんな提案をしたことだって聞いてない。
それどころか、プラチナはそんな可能性をにおわせたことすらなかった。


ふと、思い出した。
プラチナのあの綺麗な目が最後に自分に向けられたときは、彼は「もし…」と言いかけた。
もしかしたら、あれはこのことを指していたのだろうか。

考え込んだジェイドに、ベリルは苦笑を投げた。
「まあいいよ。結局プラチナはこの案を受け入れてくれたんだからね。 僕は自分勝手で卑怯者だから彼の返事に喜んだよ。だってまたプラチナを見ていられるんだから。 だけど…プラチナの生は今生限りになってしまった。彼は、今の生のためにこれからの全ての可能性を捨てたんだ」
ベリルが己の提案に対して、喜びと同時に罪悪感を感じているのだと容易に知れた。
ふっと、ジェイドが微笑った。
「どうやら私は、あなた以上に自分勝手で卑怯者らしいですよ」
「ジェイド…?」
「その術、私にもかけていただけませんか」
ベリルがぴくりと肩を震わせた。
「君は…僕の話を聞いていたのかい?」
怯えと、怒りの両方が入り混じった声だったが、ジェイドは気にした様子もなく頷いた。
「ええ、もちろんですよ」
腰に手を当てて、薄く笑う。
「だって私はもう、今のこの私しか要らないんですよ。 プラチナ様と共にあり、プラチナ様に認識してもらっているこの体しかね」
飄々としているが、その瞳に浮かぶ色は真剣で、嘘はなかった。
「もちろんプラチナ様が生まれ変わるなら話は別ですよ。 プラチナ様のいる"そこ"に私がいないなんて癪ですから。 でもプラチナ様がいないなら、私も生まれ変わる意味がない」
「ジェイド…」
「プラチナ様のいない世界でまた生きるなんて冗談じゃない」
吐き捨てるように言った言葉にジェイドの本気を感じ取ったベリルは、逡巡した後、はあと深い溜息を吐いた。
「プラチナのあの一途とも思える頑固さは、きっと教育係の君譲りだね」
遠回しに諾と答えた賢者に、ジェイドは「それはどうも」と慇懃な一礼を返した。









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2009.06.07




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