子守歌 (3)






よく晴れた日だった。

「アレク様…」
「……うん」
躊躇いがちに後ろから声をかけた腹心の部下の声に、アレクは振り返らずに頷きだけを返した。
数羽の鳥が空を悠々と過ぎる。羽音さえ聞こえそうな静けさに包まれて、アレクは空を見上げていた。
この場所は弟が好んだ場所だったことをアレクは知っている。

「…今日はさ、晴れて…良かったよね」
「……ええ、そうですね。アレク様」
「ほら、鳥だって、あんなに気持ち良さそうに飛んでる」
「…ええ」
まるで会話が途切れるのを恐れているようだとサフィルスは感じた。
けれどそんな主に今できることは、優しく微笑み返すことだけだった。

「そういえばさ、ここに来る途中で、青い花が咲いてるのを見たんだ」
「青い花ですか」
「うん。とっても綺麗だったんだよ。サフィも見せてあげたかったな」
「それはぜひ見たいですね」
「絶対見てよ。すごく綺麗だったんだ。まだ朝露がついててさ、 木漏れ日できらきらしてて…綺麗な、綺麗な青色で………」
「…アレク様…」
「…ねえ、サフィ。今日は…晴れてるし暖かいし鳥も飛んでるし綺麗な花も咲いてる…良い日、だよね」
「そうですね、アレク様」
「じゃあさ、じゃあさ、…じゃあ、プラチナは、きっと寂しくなかったよね?」
「………アレク様」
アレクは最後まで振り向くことなく、空を見上げていた。

だから、何かを言いかけて飲み込んだ参謀の表情に気付くことはなかった。
いったん言葉を飲み込んだサフィルスは、一呼吸置いて「アレク様」と柔らかい声で呼んだ。
「プラチナ様は…微笑んでらっしゃいましたよ。大丈夫です、アレク様」
「うん…うん、そうだね」
「そろそろ城へ戻られませんか?」
「うん。もう少しだけ…」
「はい…」










「プラチナ様…」
緑の髪を揺らせて、ジェイドは横たわるプラチナの顔を覗き込んだ。
血の気を失っていても、その面は美しかった。
そっと頬に手を伸ばし、指先を滑らせて額にかかる前髪をはらう。

「"もし"…何を言おうとしたんです?」
瞳を閉じる前、微笑んだプラチナはジェイドの顔を見て、「もし…」と言いかけた。
けれど彼はそのまま眠りについてしまったから、ジェイドには彼が何を言おうとしていたのかわからない。

寝台の上、銀の髪が水のようにさらさらと流れていた。
固く閉じられた瞼。けれどその瞼の奥には、どんな色よりも深く、 どんな色より鮮やかに輝く瞳があることをジェイドは知っている。
かつて焦がれた故郷の空の色よりも、今はもっとずっと焦がれている青色。

「…だから、目を開けてくださいませんか?プラチナ様」

外見だけでなく、その精神も魂も何もかも。
こんなにも綺麗なものを今まで見たことがなかった。
天上にもきっとこれ以上に綺麗なものはない。心惹かれるものも。

「そして、さっきの"もし"の続きを聞かせてくださいよ、ねえ、プラチナ様」

二人きりとなった部屋で、ジェイドはいつまでも絹の髪を優しく梳き続けていた。










この日、王城の外に向けて、奈落王が暫しの療養に入るため、 その間は兄でもある宰相と、奈落王の副官とが協力して政務を取り仕切ることになったと報じられた。
また城内に向けては、奈落王が療養に専念できるよう――平たく言えば暗殺などを謀る者が出ないように、 王の療養先は伏せると非公式ではあるが発表がなされた。
市井でも城内の家臣の中でも、奈落王の容態を気にする噂で持ちきりだったが、 もっとも事情を知るはずの、奈落王の腹心と目されている部下たちは何も語ることはなかった。









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2009.06.07




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