「プラチナ様、お目覚めですか」
「…サフィルスか」
すぐには顔を向けることすら困難で、プラチナは枕に頭を埋めたまま、声でそう判断した。
「はい。お加減はいかがですか?」
「…悪くない」
優しげで柔和な表情が、一瞬くしゃりと崩れたことをプラチナは知らない。
プラチナの「悪くない」はもはや、最悪の状態ではないという意味合いしか持たないことを誰もが知っていた。
「兄上とジェイドは?」
「アレク様は、プラチナ様にラカの実を差し上げるのだと仰って、
半刻ほど前に城をお出になりましたが、じきに戻られるかと。
ジェイドは先ほどまでこちらにおりましたが、急な仕事でつい今しがた私と入れ替わりで…けれど、
あの人のことだからさっさと仕事を終わらせてすぐにこちらに戻ると思いますよ」
「そうか…」
小さく息を吐くと、胸の辺りがずきりと痛んだ。
僅かな衝撃にすら、もうこの身体は耐えられないらしいとプラチナは冷静に分析する。
それを知っているからだろう。ここ数日というもの、部下の皆、特にジェイドと、
それから兄のアレクは滅多なことではプラチナの枕元から離れようとしない。
アレクが自らの参謀であるサフィルスを置いていったのもそのために違いない。
つまり、何かあったときにはすぐ知らせが来るように。
「今ここには私しかおりませんから…どうぞゆっくりなさってくださいね、プラチナ様」
いつもは皆が賑やかすぎてゆっくり寝られないでしょう、とサフィルスは冗談めかした。
サフィルスのプラチナへの気遣いによる言葉だとすぐにわかったが、感謝して素直にそれを受け取るよりも、
今はやらなければならないことがあった。
今、部屋の中にはサフィルスとプラチナの二人だけ。
これはとても珍しいことだった。
もう、そんな機会はないかもしれない。
プラチナは暫く考え込んだ後、ゆっくりと身を起こした。
「プ、プラチナ様!?いけません!無理をなさっては…!」
慌てて飛んできたサフィルスの腕を掴み、まっすぐにその目を見据えた。
「サフィルス、話がある」
「話…私に、ですか?」
「ああ、この、後のことについてだ」
「!」
サフィルスは息を呑んだ。
今、この場で言われた"この後"が何を指すのかわからないほど鈍くはない。
やめてくださいと言おうとする前に、プラチナが珍しく強引に話を続けた。
「お前に、後を頼みたい。兄上と…ジェイドの」
「プラ…チナ、様…?」
プラチナの口調は淀みなく、しっかりとしたものだった。
けれど、だからと言って安心して聞けるような状況でも、そんな話の内容でもなかった。
プラチナが話し終えて再び崩れ落ちるように寝台に戻る頃、サフィルスは瞬きも忘れて、目の前の銀髪の麗人を見ていた。
起き上がって無理をした痛みに耐えるためだろう、暫し目を閉じていたプラチナだったが、やがて目を開けた。
呆然と立ち尽くすサフィルスを目に納めると、困ったように目を伏せる。
「すまない。サフィルス。だが、多分俺がいなくなった後、あいつらを任せられるのはお前だけなんだ。だから…頼む」
「プラチナ様…」
ぎこちない空気が壊れたのは、この数秒後。
扉の向こうから近付いてくる複数の足音が、プラチナとサフィルスに、アレクとジェイドが戻ってきたことを教えた。
扉を眇め見たプラチナの青い視線が、すっとサフィルスに向かう。
頑丈な造りの扉が開く一瞬前に、サフィルスは表情を引き締めて、「御意のままに」と固い声音で応えた。
そうして次の瞬間、勢いよく開いた扉の向こうから、
「プラチナっ!ラカの実もって来たよ!」
「うるさいですよ、アレク様。プラチナ様がやすんでらっしゃるんですから、ちょっとは静かにしてください」
と騒々しくやってきた二人を、プラチナとサフィルスは何事もなかったかのように笑顔で迎えた。
「プラチナ様はひどい人です!さすが、ジェイドが育てただけのことはありますよ!」
憤慨したような声音は、あえて作ったものだという自覚がサフィルスにはあった。
自室で一人、壁に向かっての独白だ。感情あらわであればあるほど滑稽だとわかっていても、
そうしなければならない理由があった。
「あの二人のことを頼む、だなんて」
語調が弱くなるのを、必死で抑える。
怒っているのだと自分で自分を騙さなければ泣いてしまいそうだった。
けれど無駄だった。
「私だって…」
喉の奥からこみ上げるものに、息が詰まった。
プラチナは自分のことを正しく理解していないと思う。
確かにいつもアレク様大事でやってきた。その心に偽りはない。
そうしてジェイドとは犬猿の仲ともいえる間柄だったため、
必然的に彼の付き従っているプラチナとの時間もそれほど多かったとは言えない。
けれど。
「確かに私が一番愛するのはアレク様ですが…それでも、私だって、
自分の命より貴方の命を優先させたいぐらいには…貴方のことを愛しているんですよ…?」
あの潔いまでのまっすぐな魂はとても綺麗で、色眼鏡なしで近くで見ていれば、誰しも愛さずにはいられないだろう。
二人きりの兄弟であるアレクや、プラチナに自らの存在意義の全てを置いているジェイドほどではないにしろ、
プラチナがいなくなった後、他人を支えられるほどしっかりしていられる自信などなかった。
けれど、それがプラチナの望みなら。
そう見込まれたのなら、やらねばならない。
「本当に…ひどい、人です」
サフィルスは前髪で表情を隠すように俯くと、嗚咽をひっそりと噛み殺した。
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2009.06.07
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