子守歌 (1)






部屋の窓から見る丸い月は、"いつかの時"を思い出させる。
そうして、その時選んだ、ひとつの大きな選択を。
自らの選択を後悔したことはない。永遠など二度と要らない。その意志は今も変わらない。
けれど、考えてしまうことがある。もしあの時、と。
「…埒もないな」
何度考えても無駄だ。何度繰り返しても、きっと同じ選択をする。そんなことはわかっている。
プラチナは重々しい溜息を吐いて、窓硝子に額を付けた。ひんやりとした感触も、今は気が紛れていい。
窓を開け放って涼しい夜風に当たりたいところだが、夜に窓を開けるのは禁止されている。 奈落王たるプラチナにそうできる人物、つまり兄や参謀やその他の近しい部下たち全員に。
身体が丈夫ではないプラチナゆえに、少しでも健康に障りそうな行動を取れば、皆、過剰に反応するのだが、 筆頭は参謀のジェイドだろう。プラチナからすれば少し大袈裟なぐらいだ。
とは言え、実際夜風に当たってぼうっとしていたら次の日寝込む羽目になって 一日中枕元でジェイドに説教されるということを何度か繰り返して、最近ではさすがに自重するようになった。
怒られるのに懲りたというよりは、自分が倒れたらどう転んでも副官であるジェイドや他の部下の 面々に負担をかけることになると学習したからだ。
特に、なまじ優秀な副官は、プラチナの看病も自分自身の仕事も、 誰に任せることもなくきっちりこなしてしまう。
しかも悪いことに、彼は自分がどれだけ疲れていようと、決して他人にそれを気取らせない。

ふと、プラチナは眉を顰めた。
振り返るより前に、声が届けられた。
「眠れないんですか?」
足音を忍ばせてすぐ側まで近寄ってきていた参謀に、プラチナは不機嫌な眼差しを向けた。
「お前は…。だから気配を絶って近付くなと何度言ったらわかるんだ。悪趣味な」
「おや。いくら城の中とは言え、油断しすぎなんじゃないですか?ちょっと気配を消しただけで気付かないなんて。 もし俺が刺客だったらどうするんです」
「…奈落王の居室だぞ。こんな時間に、断りもなしに誰が入ってくると言うんだ。城の外には衛兵だっているのに」
暗に、自由にこんなところまで出入りできるのはお前ぐらいだと告げると、アメジストの瞳は人の悪そうな笑みを含んだ。
「相手が俺だったら警戒しなくていい、ってことですか?俺のこと、そんなに信用しちゃっていいんですかねえ」
プラチナは舌打ちをしたい気分でそっぽを向いた。
つくづく食えない男だ。性格だって決して良くない。寧ろ相当にイイ性格をしていることは充分に理解している。
それでも自分は――
「…なんです?プラチナ様。俺の顔に、何かついてます?」
――それでも自分は、彼を選んだ。しかもどういうわけだか、その選択を今もなお後悔していない。
「…いや。自分で自分がわからなくなっただけだ」
溜息をつくと、プラチナは窓辺から離れて寝台へと戻った。
小さく笑いながら後を付いてきたジェイドは、プラチナが寝台へ横たわるのを見届けてから ベッド脇に置いてある椅子に腰掛けた。
「…なんだ?まだ何かあるのか?」
また夜更かしをしていないか確認に来ただけだと思っていたのだが、他にも何か用件があったのだろうか。
訝しげな視線の先で、ジェイドが口元を緩めたのがわかった。
「眠れないんでしょう?少しの間でしたらお付き合いしますよ」
「…」
ずるい、と思う。
いつもは人を食った笑みしか浮かべないくせに、こういうときの表情は何の含みもなく優しい。
それこそ継承戦争時代には見たこともなかったような笑みを、彼は最近よく浮かべる。
そんな笑みを向けられたら何も言えなくなってしまう。
それだけでなく、自分の未来を惜しんでしまう。未練を残してしまう。
遠くない未来に、自分は彼を置いて覚めない眠りにつくというのに。
「…嫌がらせ、なんじゃないのか」
「は?何がです」
「……」
「はぁ。心外ですねえ。俺は誠心誠意プラチナ様にお仕えしているというのに」
やれやれと肩を竦める仕草は、いつもの見慣れたもので、
「…どこがだ」
思わず、いつもの応酬に転じる。
「あ。そーゆーこと、言います?」
「お前に誠意なんてものがあったとは知らなかった」
「酷いですねえ。プラチナ様は」
「お前にだけは言われなくない」
「ちょっと、プラチナ様。もしかして眠れないからって八つ当たりしてるんじゃないでしょうね」
「別に…そういうわけじゃ」
「でしたら、歌でも歌いましょうか?子守歌」
明らかに揶揄を含んだ声音に、咄嗟に「いらん!」と叫び返そうとして、ふと気が変わった。
「…そう、だな。頼む」
「えっ。ちょ、本気ですか?プラチナ様」
途端に慌てる彼に、プラチナはしてやったりの笑みを浮かべた。
いつもは振り回される立場なので、たまにこういう逆襲をできると嬉しくなる。
しかも、彼が昔見せていたような"演技"ではなく、素で慌てていることがわかるから尚更だ。
「勘弁してくださいよ、プラチナ様。大体、俺、奈落の子守歌なんか知りませんって」
「それじゃあ、天上の子守歌でも俺は構わんぞ」
「いや、そこは構ってくださいよ」
「…ジェイド。お前から言い出したんだろう。自分の言動には責任を持て」
「そりゃまあ、そうなんですけど…」
ジェイドは暫くぶつぶつ言っていたが、やがて観念したらしく、ちらりとプラチナを見た。
「笑わないでくださいよ」などと釘を刺してくるのが彼らしくて笑える。
「ああ、任せておけ」
疑わしそうな目でこちらを見たが、ふぅと諦めの息を吐いた彼は小さく歌い始めた。

プラチナは何度かゆったりと瞬きをして、それからそっと目を閉じた。
落ち着いたテナーの旋律は、いつものジェイドからは想像もつかない優しさに満ちていた。
天上独自の言葉なのか、意味はわからないが、それでも直接心に響くものもある。
穏やかで、優しくて、まるで包み込むような。

そんな風に歌われては――

(やはり、嫌がらせ、だろう?)
プラチナは心の中で八つ当たりと知りつつ、ジェイドを責めた。

そんな声を、想いを向けられては――絶対にしたくない後悔をしたくなる。









歌い終えたところで、ちらりとプラチナの顔をうかがい見たジェイドは、虚を突かれたかのように押し黙った。
暫し眉根を寄せた後、気遣わしげに手を伸ばす。
プラチナの目元を覆うように手のひらを乗せて、そこに唇を寄せた。
「…笑うより、性質悪いですよ、プラチナ様。…ねえ、泣かないでくださいよ」



目を閉じて聞く、気遣いに満ちた声は、いつもより数段優しい。
いや、違う。とプラチナは思った。
ジェイドは、多分、本当は優しい。
そうでなければ、かつて天上の在り様に疑問など抱かなかったはずだ。
自他共に認める捻くれ者というが、本来の性質の裏返しではないだろうか。
少なくとも彼は、本当に大切なものを手にして、そしてそれを大事だと認めたときには、 まっすぐにそれだけを愛するだろう。
そして、それを今向けられているのが自分だと思うのは、自惚れではない。

いっそ、自惚れだった方が良かったのに。

「…すまない、ジェイド」
「どうして、謝るんです?」

これだけ一心に向けられる想いを、近い将来、必ず裏切る。


たとえどんな未来だったとしても、自分で選んできたのだから後悔などしないと言い切れたジェイドが少し羨ましい。
自分は、きっと後悔と、未練を残してしまう。


「…すまん…」
「プラチナ様。…謝らないでください」

それ以上はなぜと問うことなく、ただ優しく髪を梳くこの男は、恨み言も、泣き言も、一言も口にしない。
少なくともプラチナには、そういった感情を絶対に見せないだろう。きっと最期の瞬間まで。







だから、罪を手にすることを決めた。

罪の代価は、この先の永遠。










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2009.06.07

森川さんのCDを聴き(某羊(笑))
→唐突に懐かしくなって再プレイ
→アポクリってやっぱり良い話だよねと思い
→勢いで二次創作

こんな感じで。



美麗背景素材はこちら↓よりお借りしております。






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