「ひどいよ、皆。ちょっとお饅頭食べてる間に、ぼくを置いてっちゃうなんて〜」
忍びらしく…というには些か重い足取りで、しんべヱは闇に包まれた街を歩いていた。
長屋や店が並ぶ界隈からは少し外れた場所だった。
むしろ隣町に近いほどの町の外れだが、この辺りにぽつぽつと立っている小屋の一つが、忍たまたちの潜伏場所だった。
「うう…でもこの小屋じゃないなぁ。こんなに似てるのに…」
ここに来るまでに小道がいくつか枝分かれしていたので、そのどれかを間違えたに違いない。
しんべヱはがっくりと肩を落としながら、来た道を戻ろうとした。
そこで、ふと顔を上げた。
「あれ?誰か来た?」
伸び上がって目を凝らすと、闇夜にうっすらと影が浮かび上がっているのがわかった。
どうやら複数の人影が隣町の方向からこちらに駆けてきているようだ。
このとき本当であれば、こちらに向かっている複数の人影から音が殆どしないことに気付くべきだったのだ。
けれど、まだまだ修行中の忍たまにとっては、咄嗟にそこまで気が回らないのも無理はなかった。
相手方の真っ当とはいえない雰囲気に気付いたしんべヱが、隠れた方がいいかもと思い至ったときには
既に周りを取り囲まれていた。
「え…あ…」
おろおろと視線を彷徨わせるしんべヱを囲んだ人影の一つがじろじろとしんべヱを見ながら口を開いた。
「なんだァ…?ガキか。まさか俺たちのことを探ってやがる奴らの手のモンじゃねぇだろうな。縛り上げて吐かせるか?」
「いや、以前、仕留め損ねた男は手だれの忍びだった。ということは、我々を調べているのは忍びの手の者。
いくら子供とは言え、むざむざ探る相手に見つかるような者を忍務につかせるとは思えん。
…ただの子供だろう。この場所なら隣町の子供かもしれん。いずれにしろ捕らえる価値もない」
「それもそうか。…どうしやす?お頭」
指示を仰ぐように一人が振り返ると、同じように全員が視線を動かした。
一団が左右に割れ、中央に立ち腕組みをしていた男に視線が集まった。
しんべヱもごくりと息を呑みながらそちらに目を向けた。
集まった視線に対し、男は大儀そうに顎をしゃくって一声だけを発した。
「殺れ」
無造作に投げられた言葉に、しんべヱは意味を考えるより前に硬直する。
「へっへ。悪く思うなよぉ?お頭の命令だからな」
一番前にいた柄の悪い男が下卑た笑いを浮かべながら鎖鎌を構えた。
そのまましんべヱへに狙いを定めて投げようとしたが、それより早く後列から一つの影が飛び出した。
軽く跳躍して、あっという間にしんべヱの元まで来ると、俊敏な動きで苦無を振りかざす。
「ひ……っ」
喉を引き攣らせて目を瞑ったしんべヱだったが、次の瞬間、有り得ない匂いに気付いて目を開けた。
その目に映ったのは、覆面で顔を隠した痩躯。
振りかざされた苦無は躊躇いなく振り下ろされ、しんべヱは刺される恐怖に反射的に再度目を瞑り、
次の瞬間――なぜか、鳩尾に衝撃が来た。
けれどそのことを疑問に思う時間はなかった。
しんべヱは声を発することもなくその場に倒れた。
追って、辺りに血臭が流れた。
■ ■ ■
「おーい、しんべヱ。どこにいるのー?」
辺りの気配を警戒しながら小声でしんべヱを呼び、夜道を忍び歩いていた乱太郎は
、風に漂ってきた血臭に血相を変えた。
慌ててにおいを辿り、その先で倒れ伏したしんべヱを発見して一気に青褪めた。
とにかくすぐに手当てをと駆け寄ったところで、しんべヱが「ふぇ?」と緊張感なく目を開けた。
「し、しんべヱ!?だ、大丈夫!大丈夫だから!すぐに手当てするから、しっかりして!」
「え…?えええ!?ぼく怪我してるの!?どどどどこ?どこ?」
きょろきょろと首を捻って自分の身体を確認するしんべヱに、乱太郎は「あれ?」と首を傾げた。
しんべヱを立たせて、ぽんぽんと上から身体を叩いていく。
「…しんべヱ。痛いところは?」
「えっ?ええっ?わ、わかんないよぅ」
こんなに血が出てて、そんなわけないだろと叫びそうになったが、その前に、おかしなことに気付いた。
着物は血まみれだったが、不思議なことにどこにも傷跡が見当たらない。
「どういうこと…?ねえ、しんべヱ。一体何があったの?」
訝しげに眉を寄せた乱太郎の視線を受け、しんべヱは先ほどのことを思い返した。
「えっとね。ぼくがここで乱太郎を待ってたら、黒い装束を来た奴らがやってきて、
囲まれちゃって…それで、お頭って呼ばれてたやつが、ぼくのことを殺せって言ったの」
そのときの恐怖を思い出して、しんべヱは身震いする。
「それでね、一番前にいた鎖鎌を持った男が襲い掛かってこようとしたんだけど、
そのとき後ろから別の人が飛び出してきて、ぼくに苦無を振り上―――あーっ!!!」
話の途中で唐突に目を瞠ってて大声をあげたしんべヱに、乱太郎は驚いて尻餅をついた。
「な、なに、どうしたの、しんべえ。いきなり…あたたた」
尻をさすりながらぼやく乱太郎に、しんべヱは詰め寄った。
「ぼく…ぼく、見たよ。顔は見てないけど、においがしたんだ。間違いないよ」
「ちょっとしんべヱ、だから落ち着いて…」
「落ち着けないよ!いたんだよ!!」
「だから何の話だよ?」
「きり丸だよ!きり丸がいたんだ!」
「え…」
今度は目を見開くのは乱太郎の方だった。
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