非日常な日常










昼飯後ののんびりとした時間、ふと自分が鼻歌をうたっていることに気付いて、きり丸はばつが悪そうに赤くなった。
どうやら自分は相当に機嫌が良いらしい。
臨時収入が入ったとかそんなこともなく。
そう。特に何があったわけでもないのだ。
ただ、半助と一緒に、珍しくアルバイトの入っていない休日をぼうっと過ごしている。それだけなのに。
「あ、そうだ」
きり丸は立ち上がった。
先ほどやって来た大家にご機嫌取りのために淹れた茶の葉が残っている。
珍しいことに、ご飯時でも何でもないが、それを今のこの時間に、 自分たちのためにふるまってもいいのではないかと思った。






「先生、どうぞ」
「おお、ありがとうな」
半助は一瞬驚いたように目を丸くしながらも、すぐに穏やかな笑みに表情を変えて湯飲みを受け取った。
どうやら彼も割と機嫌よくこの午後を過ごしているらしい。
それも何だか嬉しくなって、きり丸は「へへっ」と笑うと、囲炉裏を囲んで半助の斜め隣に座った。

昔は当たり前のように横にちょこんと座り、触れる程度にこっそり寄りかかって甘え気分を味わったりもしたものだが、 当時から幾分か成長した今では少し不自然な気がするので。
とは言っても、こっそりと気付かれないようにしているつもりだったのは自分だけで、 案外半助は気付いていたのかもしれないと最近思う。
なぜならきり丸がこっそりと甘えているとき、 どういうわけだか半助の方も、――彼は問題ごとさえなければ常に穏やかではあるが―― いつもより二割増しで優しくなるからだ。
甘くなると言ってもいい。
それに最初に気付いたときは、こそばゆくも嬉しかったものだ。
いけないことをするとこっぴどく叱られるが、決して彼が自分を見捨てないということは、 この家で世話になるようになって数ヶ月も経たないうちから知っていた。
けれど、他愛ない甘えを容認してくれるというのはまた別の話だ。
なぜならそれは教師と生徒というよりも寧ろ家族に近い行動のような気がするからだ。

そんなことを考えながら湯のみを手の中でくるくる回していたきり丸は、 半助が不思議そうにこちらを見ていることに気付かなかった。
「きり丸?どうしたんだ?」
「え…!?…あ、あー…いえ、何でもないです!」
誤魔化すように慌てて茶を啜り出す。
茶をすする音だけが響く中、
「…なぁ、きり丸」
妙に間延びした声がきり丸を呼んだ。
「なんっすか?先生」
湯のみを口から外して、きり丸は半助のほうを見た。
「お前、忍術学園を卒業したら…」
「卒業したら?」
のんびりとした調子から世間話らしいと判断して、きり丸はいったん置いた湯飲みを再び手に持ち口に運んだ。
そして、香りを楽しみつつ茶をもう一口飲み込み、
「土井きり丸になるか?」
盛大に吐き出した。
咳き込みながら、思わず反射的に叫ぶ。
「うわ!もったいねえ!!」
「おいおい、お前、何やってるんだ」
膝を立てて身を寄せた半助が、きり丸の背中を擦りながらびしゃびしゃになった顔を手拭いで軽く拭く。
慣れた手つきは、一年の頃からは組の面倒を見ているからか、バイトの子守を未だに手伝わされているためか、 と考えかけたが、今のきり丸にはそんなことはどうでもよかった。
零してしまったお茶は若干気にかかるが、それよりも頭を占めることがあった。
「せ、先生がいきなりそんな冗談言うからでしょうが!」
半助は心外そうに、口を僅かにへの字に曲げた。
「冗談じゃないぞ」
「じょ…」
絶句するきり丸の頭をぽんぽんと撫でると、半助は苦笑した。
「冗談ではないが、確かにいきなりではあったかな」
「い…いきなりすぎます!大体それって、つまり…つまり…」
「…まぁ、もうここはおまえの家だし、おまえはわたしの家族だから、形式だけのものだがな」
「家…族」
呆然と呟くと、「なんだ?嫌なのか?」と拗ねたように返された。
「そ、そうじゃないっすけど!」
叫ぶと、半助は心なしかほっとしたように微笑んだ。
「本当はな、ずっと前から考えてはいたんだ。 だが、お前をこの家に無理矢理縛ってしまうのもどうかと思ってな。だから…」
「だから、卒業したら…ですか?」
「ああ。お前の答えがどちらにしろ、忍術学園を卒業して将来を決めてからの方が答えやすいだろうからな」
「でも、卒業したら、のつもりだったのを、何でいきなり今…?」
半助は暫く迷うように頭をかいたが、やがて、息を吐き出すように言葉を紡いだ。
「特に何ということもない、だけど穏やかで落ち着く…こんな午後を過ごすのは、 良いもんだなと思ったんだ。そうしたら、どうしても言いたくなった」
照れ臭そうにいう半助に、きり丸は頬が熱くなるのを感じた。
何でもないこんな日を、とても良いものだと、そう思っていたのは自分だけではなかった。
半助も同じように感じてくれていた。
「しかし、おまえからすれば急な話だよな。驚かせてすまん」
困ったように笑った半助に、きり丸は慌てて身を乗り出した。
「いえ!あ、いや…確かに驚きは、しましたけど、でも、その、おれも、なんで…」
「おまえも?」
「はい、こんな日が…すごくいいなって丁度おれも思ってて、 だから先生もそう思ってくれてて……それに驚いたっていうか…」
弁の立つきり丸にしては上手くまとまらない言葉だったが、 半助はいつものようにきり丸の思うところを正しく読み取ったらしい。
「そうか」
と言うと、それはそれは嬉しそうに笑った。

















2008.06.29







<おまけ>

「でも、いいんですか?先生」
「何がだ?」
「こぶつきなんて、いっそう嫁の来手がなくなるんじゃ…今でも予定ないのに」
「…おまえな」
「それに、外聞とか悪くないですか?」
「お前がそんなところにまで気をまわす必要はない」
「じゃ、もし外聞悪くなったら奥さんの振りして誤魔化してあげますよ」
「いらんいらん」
「えー。おれ、結構女装うまいんっすよ」
「…それは知ってる」








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