少しだけ近くに





「ねえ、玄奘。私と友達になってくれないかな?」
いきなりそんなことを言われたら誰だって驚くに違いない。
目をパチパチと瞬かせた彼女を見て我に返り、楊漸は顔には出さないが少しだけ落ち込んだ。
そんなことを言うつもりはなかったのに。
親友を奪った恨みが未だ自分の中から完全には消えていないように、 自分が八つ当たりに近い感情で彼女たちを苦しめた過去もまた消せない。
それに、そもそも今の彼女は人間。
力を封じられているとはいえ高位の仙人である自分に友達などと言われて困惑しないはずがない。
本当に、ついうっかり口から出た言葉だった。

(…ついうっかりって…大聖じゃあるまいし)
まっすぐな気性の親友は、嘗て迂闊なことをしでかしては、からかいのタネを自ら増やしていってくれたものだった。
そこまで考えて苦笑する。
この五百年、親友のことをこんなに穏やかに思い出せたことなどなかったのに。
これまでは彼のことを思い出しては閻魔王や金蝉子に対して激しい憎悪を募らせてきたのだ。
優しい思い出を、もうそんな感情で思い返すことはできないと思っていた。
(それが、どうだ。この様は)

変化の理由は自分でもわかっている。
だからこその、このうっかり発言だった。

元々、金蝉子のことも嫌いではなかった。
ただ大聖がやけに金蝉子の肩を持つものだから意地を張って仲良く話したりはしなかったが。
妙な意地がなくなってみれば、記憶にある金蝉子という仙人は、とても穏やかな空気をもった仙だった。
隣にいると落ち着く、そんな穏やかで温かで清浄な気。
本来そういった感情を持たないはずの釈迦如来ですら、金蝉子を愛弟子と気にかけ、 柔らかい目を向けていたことを知っている。
その空気は、人間となった今も彼女を取り巻いている。
ただし穏やかではあるが理性の塊だった金蝉子とは違い、現世の彼女、玄奘は感情は豊かだし、 時折、なんというか突拍子もない。
目が離せないと悟空が言っていたのがよくわかる。
だからもう少し彼女と近付いてみたかった。
…なのだが。
失敗してしまった、と本格的に落ち込む寸前に、呼びかけがあった。

「あの…二郎真君」
反射的に視線を戻すと、彼女は先ほどまで瞬きしていた目を優しく細めていた。
「私でよかったらぜひ」
不覚続きだが、思わず沈黙した。
思考が回り始め、ややしてから楊漸は表面上だけは余裕を保って言った。
「おや、いいのかい?」
自分から願っておいて、何て言い草だと思ったが、彼女は気にした風もなく笑った。
「人間の身で、次期玉帝候補とも言われる二郎真君と友達だなんて、 木叉様や天界の方々に叱られてしまうかもしれませんけれどね」
そんなことを恐れげもなく言い放った彼女は本当に度胸がある。というか何というか。

思わず呆けた顔をしてしまったかもしれない。
彼女は困ったように笑って小首を傾げた。
「世界は常に流れる。そういうことですよね、二郎真君」
まっすぐ向けられたままの視線は、直視できないほどに強くて、 けれど目を離せないほどに綺麗で、こちらの胸奥にまっすぐに差し込んでくる。
ごまかしようもなくなって、楊漸はぎこちない笑みを浮かべた。
「今更、むしのいい話だとは自分でも思うのだがね」
「いいえ、あなたはもう以前のあなたとは違います。不敬ではあるかもしれませんが、 私も二郎真君…あなたともっと仲良くなりたいと思います」
迷いのない澄んだ瞳。
ああ、きっと大聖も閻魔王も、今の悟空も、この目にやられたんだろうなと思いながら、 楊漸は自分もその仲間入りをするために、彼女の手を取り、 「じゃあ、これからもよろしくね」と今度は心からの笑みを浮かべた。




直後、彼らしくもなく血相を変えて飛んできた悟空に「離れろ!」と頭を叩かれ、 低次元な口論が始まり、揃って玄奘に叱られるのはまた別のお話。





2009.09.23















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