【詐欺師も時に真実を語る】




「だーから、最悪、パターンを全部数えりゃいいんだって。確率なんて簡単なもんだぜ」
「それでできたら苦労してない」
教科書を後方のベッドの上にぽいっと放り投げたディオに、明日叶はムッと眉を顰める。
「大体数えるって…何通りあると思ってるんだ」
机の前に座ったまま、隣に立つディオを睨むと、恨みがましい視線は、ひょいと肩を竦めた男にあっさりかわされる。
「それぐらいの気持ちでやれって言ってんだよ」
それまで中腰になって明日叶の肩越しにノートをのぞきこんでいたディオは、 一旦背を伸ばして、かったるいと言いたげに伸びをした。
「お前、数学に対する苦手意識強すぎんだよ。解く前からそんな構えてるから解けるもんまで解けねえんだぜ」
何気なく投げかけられるときほど、ディオの言葉は正鵠を射たものが多い。
しかし素直に同意することもできず、明日叶が黙り込むと、ディオは明日叶の肩に自分の腕を乗せ、 その上に顎をおいてきた。
まるで大型の獣が「構って」と懐いているかのようだと明日叶は思ったが、賢明にも口を噤んだ。
不用意なことを言えば、この異常に口のうまい男によって意図しない方向に転がされることは火を見るより明らかだからだ。
「明日叶。お前、自分で思ってるほど数学苦手じゃねえぜ。何しろ、この俺が勉強見てやってんだからな。 この程度の問題、楽勝で解ける。俺の言葉を信じろよ」
「信じられない」
じとっと見返すと、ディオは前髪を無造作にかきあげながら大げさに溜息を吐いた。
「あーのなー。いくら俺でも、思ったことをそのまま言っただけでいきなり疑われたらさすがに傷つくんだがな」
「…ごめん」
流石に少し意地になりすぎた。何だかんだ言いながらも、ディオはきっちり勉強を教えてくれているというのに。
すまなく思いつつ、ちらりと見上げて謝ると、ディオは「まぁいいけどな」とあっさり言うと、 何か企む目で顔を近づけてきた。
「なら、これは?」
「え?」
「これなら信じられるか?」
ただでさえ艶のある低音がさらに甘いトーンと、そして夜の気配を含む。
「な、に…」
「明日叶、愛してるぜ」
「…っ」
たった一言なのに、体温が一気に上昇した。頬がかっと火照る。
「だから、お前はずっと俺のそばで俺だけ見て俺のことだけ考えろ。俺は、いつでもお前を感じていたいし、触れていたい。 お前の中を俺でうめつくして、いっそ食っちまいたいぐらい、いつだってお前が欲しい」
「…〜〜〜っっ!」
赤くなって目をそらそうとするがそれは許されない。いつの間にか顎をとられて身動きが取れない明日叶に、 ディオは遠慮なくさらに顔を寄せた。今にも鼻先が触れそうな距離だ。
「…赤くなった、ってことは俺の言葉を真実だと信じてくれたんだよな?」
意地の悪い響きだと思うのに、向けられる視線はどこまでも熱く、深い。
だから抗いきれない。
「し…んじた」
ぼそぼそと答えると晴れやかな笑みが返ってきた。
「ん〜?聞こえねえな」
絶対に嘘だ。
というか、大体、言われたこちらはこんなにも恥ずかしくて居たたまれないのに、 言ったディオが、何ということもない顔をしているのが悔しい。
いや、何でもないというより寧ろいっそ清々しくすら見えるのが腹立たしい。
明日叶はディオの胸を押し返しつつ、自棄気味に大声を出した。
「信じた!信じたから離せ!」
「いーやーだ」
離さないという意思表示なのか、ディオの腕が明日叶の背に回り、本格的に抱き締めてきた。
「ディ…ディオ!ふざけるなよ!やめろってば!」
「そんなに嫌なのか?どうして」
「どうして、って…。っていうか、別に嫌とかじゃなくて…、 でも、こうやって毎回うやむやにして誤魔化されるのは…嫌だ」
「……」
沈黙と、少し力が緩んだ腕に気付いて、ふと顔を上げると、苦虫を噛み潰したような表情のディオと目が合った。
「ディオ?」
「お前なあ…まさか本気で、いつも都合が悪くなったら身体から落として誤魔化してるとでも思ってんのか?」
「そこまでは…思ってないけど」
気分的には多少、そう思わなくもないのだが。
その思いが伝わったのだろう、ディオが長い溜息と共に脱力した。
力の抜けた体は、明日叶の身体に抱きつくような体勢で止まる。
「勘弁しろよ」というぼやきが聞こえたような気がした。
「え…あの、ディオ…?」
そこまで落ち込まなくても…というか、これって落ち込んでる、のか…?などと思いつつ、 伏せられた顔を覗き込もうとすると、ほぼ同時に、ディオが顔を上げた。
必然的に、間近で見詰め合う。
「つーか、これは詐欺師としちゃ、あんま言いたかねえが、お前に完璧に嘘つくのは難しいんだぜ、明日叶」
「…俺がトゥルーアイズだからか?」
「それもなくはねえけど、そんなんなくたってお前は俺の選んだ相手でパートナーだからな」
嘘を吐こうとする前に本音が先に出る、と零した唇が、確かに何の打算も感じさせず、 明日叶のそれに自然と重なり、本能で真実の匂いを嗅ぎ取った明日叶は、先ほどよりもさらに真っ赤になった。








2010.01.23





正直な詐欺師。(笑)










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