人 魚 姫  恋 歌  #23






「花ちゃん!」
焦ったような孟徳の声に、花は振り返った。
駆け寄ってきた孟徳はすぐに花に追いつき、自らの外套を脱いで花の肩にかけた。
「まだ無理しちゃ駄目だよ」
「大丈夫ですよ、孟徳さん。もう本当に調子良いんです」
献帝の元から孟徳の元に移ってきた花は、 多少過保護とも思える手厚い看護と解毒薬のおかげでゆっくりと体調を回復していた。
もう滅多に発作は起きないし、ほぼ完治したといってもいい。
医者の判断もそんなところに落ち着いていたが、孟徳だけがそれに納得しなかった。

孟徳は存外心配性だということを花は最近知った。
もっとも、失った経験が人一倍多い孟徳だけに、それをただの心配性と切り捨てることもできない。
だから花は、大丈夫と笑顔で繰り返す。
きっと孟徳は性格上その言葉を鵜呑みにはできないだろうが、 本当に大丈夫だということを、これから年月をかけて証明しつづければいいだけの話だ。

今も、疑わしそうに花を見ている孟徳に、花はにこにこと笑みを向けた。
先に折れたのは孟徳だった。
「わかったよ。でも少しだけだからね。終わったらすぐに部屋に戻るよ」
花はぱちりと瞬きをした。
「ん?どうしたの?」
「私…どうして部屋から出てきたか、孟徳さんに言いましたっけ?」
「ん?ああ、そういえば聞いてはいないね」
「どうして、わかったんですか?」
「君が桂花を見に行こうとしてることを?」

当たってる…と花は内心で呟いた。
孟徳は人の嘘がわかる。
――が、これは、それとはまた別の話だろう。

ぐるぐると考え込んでいる花に気付いた孟徳は、小さく苦笑すると、花の手を取って歩き出した。
「えっ?わ…」
「ほら、行こう。桂花、見に行きたいんでしょ」
「は、はい」
頷くと、満面笑みを浮かべた孟徳が「うん」と嬉しそうに頷いた。
「俺も」
「え?」
「桂花の匂いがしたんだ。あの匂いを嗅いでると、 どうしても君と一緒に桂花を見に行きたくなって、それで休憩を取ってこっちに来たんだ。 そうしたら君が丁度外に出ようとしてたから、俺と同じなんじゃないかと思ってさ。 君のやりたいことがわかったのは、そういうわけだよ」
「そうですか」
孟徳の言葉に、思わず笑みが零れる。

もう一度、あの木が花を咲かせるのを見たいと思っていた。
あの花の匂いをもう一度、肺一杯に吸い込んでみたいと思っていた。
そうやって桂花の咲き乱れる庭を孟徳と一緒に歩けたらとずっと願っていた。
その願いが叶っただけでも嬉しいのに、どうやら孟徳も同じように思っていてくれたのだと知って嬉しくなわけがない。

「ほら、あそこに桂花が…」
「孟徳さん」
「ん?なに?」
花は、自分の手を引く孟徳の手をぎゅっと握った。
「私、孟徳さんのこと、本当に好きです。私を…見つけてくれて、ありがとうございます」
一瞬、珍しくも動揺したような孟徳の気配が伝わってきたが、すぐにいつもの優しい笑みで花を振り返った。
「『俺なら絶対に間違えない』って、言ったからね。 それに、ありがとうは俺の台詞だよ。君はずっと俺を救い続けてくれてた」
「え…私は何も…」
「暗殺計画を止めてくれた。体調を崩したときに看病をしてくれた。 献帝が俺を認め、自分自身学ぶ気になったのは間違いなく君の影響だ。 並べるとこんな感じかな。これだけでも凄いと思うけど、 でもそれだけじゃなくて、君は君が気付かないところで、君が思っている以上に 、俺に沢山のものをくれてるんだよ。…ありがとう」
向けられる眼差しがあまりに優しくて、声色があまりに深くて、何だか泣きたい気分になる。
誤魔化すようにすぐ眼前にあった胸に飛び込むと、すぐに腕が優しく花を囲った。
「ね、花ちゃん。俺は、ずっと君と一緒にいたい。…だから、今度こそは、ずっと傍に」
「…はい」
何よりも愛しい香りと、甘くて柔らかい白花の香りに包まれて、花はそっと目を閉じた。








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2011.01.04














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