桂花の下で





「…彼女は求婚者たちそれぞれに、無茶な条件を出しました。 そして、それを叶えてくれた人のお嫁さんになります、と言いました」
"本"と彼女が呼ぶ書物を捲りながら言う花に、孟徳は面白そうな顔をして身を乗り出した。
「無茶な条件?へえ、それって例えばどんな?」
「え、…えっと……」
花は記載を探すように書物をパラパラと捲るが、その目線は時々、 まるで何かを思い出そうとするように天に向かっているし、 「えっと…確か…」などと呟いてしまっている。
きっと彼女は気付いていないに違いないが。
孟徳は彼女がこちらを見ていないのを良いことに吹き出しそうになったが、 そこは手元の茶を飲む振りをして誤魔化す。
それから、ふと表情を改めた。
視線は花に向けたまま、うっすらと目を細める。
この子は本当に、面白い。

最初は、彼女の纏う空気が他の女の子とは違う気がして興味を惹かれた。
だから川に落ちた彼女を拾った。手ずから引き上げてまで。
そうしたら、目を開けた彼女の、自分を見上げる目があまりに普通で驚いた。
自然体で接してくる人間など何年ぶりだろう。
何しろ、もっと若い頃ならともかく、今の自分は丞相だ。
実質上、今この国で最も権力を持つ者。
その自分に対して畏怖するでなく、かといって媚びるわけでもない。
彼女のために用意したこの桂花を混ぜた茶にしてもそうだ。
彼女が孟徳の元に来た当初、緊張を解すために咲き初めの桂花を茶に落として彼女に飲ませたところ、 気に入ってもらえたようでほんわりと顔を綻ばせていたから、それから時折こうして振舞っている。
それは孟徳の意思だが、丞相という立場を考えるとあまり普通ではない。
が、もっと普通ではないのが彼女だった。
振舞われる側としては、丞相自らに茶を用意させるなんてとんでもないと恐縮するか、 あるいは寵を得たと増長するか、その二択だろうと思っていたが、彼女はどちらでもなかった。
…というか、普通ならまず丞相に茶の給仕などさせないだろうが。
とにかく物珍しくて興味が尽きなかった。
そうこうして同じ時間を過ごしていると、程なくしてもう一つ驚いたことがあった。
彼女は嘘を吐かない。
否、誰にでもわかる嘘しか吐けない、というべきか。
どんなに本当のように聞こえても、孟徳は他人の吐いた嘘には確実に気付く。決して騙されない。
だから例えば、今、花が話している昔話が"本"に書かれている内容ではないということには最初から気付いていた。
けれど、そんなことは孟徳でなくとも気付いたに違いない。それほどに彼女は嘘が下手だ。
彼女は嘘を吐かないわけではない。
けれど、人を騙す意図で嘘を吐くことはないだろうと思えた。
だって、嘘を言うときは決まって居心地悪そうに視線を逸らせるし、 時折ちらりとこちらをうかがう目には、ごめんなさいと書いてある。
そんな彼女には、疑うという行為がそもそも必要でない。
だからだろうか。彼女といると呼吸が楽になる。
孟徳は頬杖をついて、焦っている花の様子をのんびりと観察する。
本当に面白い子だ。
再びそう思ったところで、
(面白い…?)
ふと、自身の思考に疑問を抱く。
彼女が自分にとって極めて面白い存在であるのは確かだ。
けれど、それだけではないのではないか。
本当にそれだけなら、こんなにも――。

「あっ、そうだ!えっと、例えばですね。求婚者の一人には、ツバメの…」
「ね、花ちゃん」
漸く思い出したのだろう、パッと顔を輝かせて話を続けようとした花に孟徳は手を伸ばした。
「え?」
きょとんとした彼女の髪の先に触れる。驚かせないように、怖がらせないように、そっと。
そうして、近くから顔をのぞきこみながらにっこりと笑った。
「俺、君のこと好きだなあ」
花はぱちりと瞬きをした。
孟徳にとっては、思考の流れの結論であって特に不思議なものではなかったが、 彼女にしてみればあまりに唐突な言葉だっただろう。
「え…?……え、…ええ…っ!?」
言葉の内容を理解して、見る見るうちに顔を赤く染める彼女の、くるくる変わる表情に孟徳は目を細め、 「本当だよ」と追い討ちをかけながら楽しげに笑った。







2010.11.20





丞相の思考やその他諸々、模索中。










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