酒の席でのことですから





仲謀軍の宴はいつも華やかだ。
多種多様な料理に、麗しい楽の音、興が乗れば仲謀や尚香らが自ら舞を披露することもある。

今日も賑やかに盛り上がる宴の様子を満足げに見回していた孫家当主・仲謀の耳に、ふと一際明るい笑い声が届いた。
「大小か。楽しそうだな」
大小…大喬と小喬の姉妹は、きょろきょろと頭を巡らせて仲謀を目に留めた。 なぜか二人で顔を見合わせてにっこり笑い、それから、たたっと駆け寄って来る。
「あのねー、あいうえお作文って言う遊びをやってたんだよ!」
「お題の言葉の文字を頭にして文章作るんだよ。花ちゃんに教えてもらったの!」
「へぇ。どんなのだ?」
花の国のこととなればやはり興味がある。
だから、つい何気なく聞いてしまった仲謀が悪いのか、元々そのように仕組まれていたのか。
「聞きたい?いいよー」
にこーっと笑った大喬が、片手を大きく上げた。
「じゃ、いちばん大喬いっくよー!仲謀でー、あいうえお作文!」
「は、あ?」
「『ち』ー。中途半端だよねーいろいろ。 『ゆ』ー。勇気が足りないっていうか意気地がないっていうか。 『う』ー。うっかりしてるところもあるし。 『ぼ』ー。横暴だし。あ、頭の文字じゃないなぁ、まぁいっか。 『う』ー。うるさいんだよねとにかく、で完成!」
「…大喬…」
仲謀の頬がひくりと引き攣る。
何だかわからないが、とりあえず思い切りこき下ろされた気がするのは間違いではないはずだ。
「まあまあ、仲謀様。お気を静めてください。酒の席でのことですし…」
勘気を察知した武将が、あごひげをしきりに撫で擦りながらとりなすように言った。
それもそうだと仲謀は不愉快そうに鼻を鳴らしながらもその場を流そうとした、のだが。
「じゃーねー、次、小喬いくよー。えっとね、ちゅーぼーって十回言って!」
小喬の言葉に大きく頷いた大喬が「ちゅーぼーちゅーぼー」と指を折り始めた。
「おい!人の名前を無駄に連呼すんな!」
本人の文句などどこ吹く風で両の手の指を全て折り終えた大喬が、
「十回言ったよ」
「じゃあねー、お料理する場所はー?」
「ちゅーぼー!」
「せいかーい!」
きゃーと拍手と笑い声が起こる。女は三人寄らなくても姦しいらしい。
仲謀は今度ははっきりと口元をひくつかせて呻いた。
「大小…お前ら…」
「ま、まあまあ、仲謀様。酒の席でのこと…です、し…」
宥める武将の声もどころなく弱気だ。
そこへ、もうひとつ別の声が割って入ってきた。
「あら、小喬殿。それでは花さんから聞いた遊びとは少し違ってしまうのではないですか? ひっかけというものをしなければいけないのでは?」
のんびりした声に、仲謀はやっとまともに話が聞けると振り返った。
「おい、尚香!何か知ってるなら説明しろ!お前ら、何やってんだ!」
「兄上。これは…先ほど、花さんの国の言葉遊びをいくつか教えていただいたんです」
「ああ、そういえばさっき大喬がそんなことを言ってたが…それで?」
「それで、せっかくなのでその遊びを兄上とやろうということになったのですが、 私たちが来るのが少し遅くなったので先に始められていたのですね。どうでしたか?兄上」
「どうもこうも…って、なんでそこに俺を交ぜるんだ…!」
「大勢の方が楽しいではありませんか。それに、花さんのことなら 兄上はきっと知りたいのではないかと思って…違っていましたか?」
そうやって不思議そうに問われてしまうと、仲謀としても答えに窮する。
口篭った仲謀に、尚香はさらに畳み掛けるように続けた。
「そうそう。あとは駄洒落というものを教えていただいたのですが、なかなか難しくて」
両手を合わせて楽しそうに笑う妹に、「そうか、…楽しいなら良かったな」と疲れ気味に仲謀が返したとき、
「えへへー」
へらりとした笑い声と共に、良い匂いのする柔らかいものがぺたりと張り付いてきた。
「――っ!?」
誰かなど、問うまでもなく、間違えるはずもない。
もうすぐ婚儀を挙げる予定の想い人が無防備に抱きついてくるのに、 仲謀は手のやりどころに困って視線を落ち着きなく彷徨わせたが、ふとあることに気付いて声をあげた。
「おい、花!おま…っ、まさか…いやまさかじゃなくて確実に酔ってるな!?酔ってるだろう!」
誰だこいつにこんなに酒飲ませやがったのはと怒鳴ろうと周囲を見回していた仲謀は、 にこにこと酔っ払い特有の機嫌の良さでこちらを見上げていた花の、次の動きに反応できなかった。
「えい」と小さな掛け声が聞こえた気がして反射的に下を向いた瞬間、
「ちゅーぼーに、ちゅー」
「っっっ!?!?」
ぴしりと仲謀の周りの空気が固まった。
静まり返った空気をまったく意に介さず、花が弾けるように笑った。
「あははー駄洒落ー。んー…いまいち…」
むにゃむにゃと何かを言いながら、花はそのまま仲謀の胸を枕代わりに舟を漕ぎ始めた。
広間自体は変わらず賑わっているはずだが、この一帯だけがしんと静まり返った。
「………」
無言を続ける仲謀に、脇に控えていた武将が「あの…」と恐る恐る声をかけようとして、そこで言葉を詰まらせた。
流石に「酒の席でのことですから」と取り成すには、仲謀の纏う空気が重苦しすぎた。
「ふぉふぉ。仲謀様。酒の席でのことではありませんか」
「…子敬殿…」
凄すぎると呟いたのは一体誰だったか。
ただ独り常とまったく変わらないこの人物に向けて、仲謀は漸く口を開いた。
「…おい、子敬。後、頼む」
「承りました。仲謀様」
子敬が深く腰を折ると同時に、仲謀は花を抱き上げて広間を出て行った。




自室に入り、寝台に花を下ろすと、むずがるように「ううん」と鼻を鳴らした彼女はすうと再び寝息を立て始めた。
「お前な……俺が一体どれだけ我慢してると思って……」
仲謀はいっそおどろおどろしい空気すら背負って花を暫し見下ろしたが、 やがて諦めたように溜息を吐くと、花の上に布団をかけた。
こんなに安心したような顔で眠られては良いことも悪いこともできない。
仲謀は布団越しにぎゅっと愛しい酔っ払いを抱き締め、自らも横になる。
「…婚儀が終わったらこれまでの分、百倍にして返してやるからな」
覚えてろよと耳元で囁くと目を閉じた。






丁度、その頃。
「どうなったかな、あの二人」
「気になるよねー」
「ふぉふぉ。しかし、大喬殿、小喬殿。婚儀の日取りももう決まっておるのですから、そう急かなくても良いのでは?」
わくわくを目を輝かせる大喬と小喬を、子敬がやんわりと窘める。
「えー。甘いよ、子敬」
「甘い甘い。あの二人はちょっと背中押すぐらいで丁度いいんだよ」
「ちょっと…という感じではありませんでしたが……兄上の顔が」
「尚香ちゃん甘いよ!」
「そうでしょうか」
「そうそう!仲謀は肝心なところで押しが弱いんだから、私たちがその分応援してあげなきゃ」
「そう、…ですね。わかりました。私も兄上と花さんの幸せのために頑張ります!」
「ふぉふぉ」
そんなやり取りが行われていたことなど、無論当事者の二人は知らない。
よって、婚儀までの間も決してのんびりと穏やかには過ごせず、仲謀の倍返しの誓いは、 百倍どころか数千倍、数万倍にまでなるのだが、もちろん、そんなことはまだ知るよしもない。








2010.11.20






呉軍好きです。女の子たちも可愛いし、良いなぁと思います。
それはともかく、仲花=ラブコメという図式が頭の中にできてしまっているので、どうしてもこんな路線に…。orz










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