義姉上様





「義姉上、私、ずっと自分が男だったらなって思ってたんです」
「えっ?…あ、そうか。男だったら武人として仲謀と一緒に戦えるもんね」
義妹である尚香の唐突な言葉に、彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いた。
その表情に負の感情はまったく含まれていない。
尚香は、ふふと頬をほころばせた。
「どうしたの?尚香さん」
「いえ、何でもありません。ちょっと嬉しくて」

孫家当主の妹としてすぐ傍で兄の手助けをしたいと願い、鍛錬などに精を出してきた尚香だが、 自軍においてその志は必ずしも快く受け取られていない。
子供の頃から、世話係にはもっと女性らしくと口をすっぱくして言われていたものだ。
もちろん、その効果がなかったということは、今の彼女の姿が証明している。
その後、表立って批判する者はあまりいなかったが、いつも優しい自軍の将たちも、 この件に関しては自分を歓迎していないということを、尚香自身もわかっていた。
だから、花と話をしたときは、本当に衝撃を受けたのだ。
戦場に立って兄を支えてともに戦いたいという夢を語ったとき、その言葉を、根底の思いを、 まっすぐ受け止めてくれたのは、彼女―――花が初めてだった。
その彼女は、当時は「兄の想い人」であり、今は「義姉上」だ。

「あれ?でも尚香さん。思ってたっていうことは、今はもういいの?」
「ええ、いいんです」
強がりでなく、今は本当にそう思える。
「戦場で戦うことだけが道ではないと義姉上に教えていただきましたから」
「そっか」
「ええ、それに…」
ひそひそ話をするように尚香が声を顰めると、花は「なになに?」とわくわくした表情で耳を近づけてきた。

「――おい!お前ら何やってんだ」
「あれ、仲謀?」
「まあ、兄上、どうなさったのですか?」
「べっ、つに、どうもしねえけど。ちょっと、たまたま…通りがかったから声かけただけだよ。 で?楽しそうに何喋ってたんだ?」
尚香は口元に手をやった。もちろん笑いを堪えるためだ。
意訳すると、休憩時間に花を探してやってきたら他の誰かと内緒話をしているのがどうしても気になって 声をかけたというところだろう。
相手は女、しかも妹だというのに狭量だ。
大体、そんなあからさまな言い訳など信じる者がいるわけが…
「あ、そうなんだ」
いた。ここに。
尚香は思わず漏れた笑い声をとっさに咳払いで誤魔化し、花の腕に抱きついた。
そうして兄を見上げる。
「兄上、今、私と義姉上は女同士の秘密のおしゃべりをしていたのですよ。 いくら兄上とはいえ、お教えできません。ですよね?義姉上」
「そうだね。女同士の秘密だよね」
同意を求めると、花も楽しそうに乗ってきた。
「なっ」
うっと詰まった仲謀は次の言葉を探しているようだ。
けれど元々仲謀は、有事の際ならともかく日常では、妹である尚香に少し甘い。
そしてかつての想い人であり現在の伴侶である彼女にはそれはもうとても甘い。
結果的に、それ以上は何も言えずに黙るしかなくなるわけで。
「そ、そうかよっ!じゃあ、俺はそろそろ戻るからな!」
そう言うと、足音も荒く歩き出した。
後ろ髪を引かれているのが明白な素振りに尚香は笑いを堪えるのに苦労した。
隣の義姉上様と言えば、全く気付いた様子もなく「やっぱり仲謀は忙しいんだなぁ」などと見送っていたが。

仲謀の背を見送り終えた後、「あ、そうだ」と花が声をあげた。
「ねえ、尚香さん」
「何ですか?」
「さっきの続きってなんだったの?『それに』の続き」
何だったかと暫し思案した尚香は、それから、先ほどの話を思い出して手を打った。
「ああ!そうでした。『それに』…こうやって女の子同士のお喋りが楽しめるのって、 女に生まれた特権だと思いませんか?」
想像もしない答えだったのだろう。花は数秒ぽかんとしたが、それからみるみるうちに満開の笑顔になって 「そうだね!」と答えた。
こんな風に女同士で気兼ねなく楽しいおしゃべりをしたことなどあまりなかったから、 この時間は今の尚香にとって、とても貴重だ。
心底楽しそうに笑う義姉もどうやら同様に思ってくれているらしいことを嬉しく感じつつ、それからもうひとつ。
男でなくて女で良かったと思った理由。
兄上が恋敵、なんてことにはなりたくないですしね。
尚香は心の中でこっそりと付け足した。








2011.02.27






尚香ちゃんがまだ呉軍にいるという不思議はさておき。(…。)

若君………弱ぇ…!
ゲーム本編のような、男前な仲謀を書きたいという願望は常々持っているのですが…
…ままならぬものですね。(待て。)










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