見た目は何も変わらないんだけどな、と重い気分でセレストは自分の手をじっと見た。
けれど思考に浸っている暇は与えられなかった。

「!」
何かが近づいてくる気配を感じ、全身に緊張を漲らせながら辺りを見回すと、 ブルーハニーがこちらに迫っているのが見えた。
「カナン様!ブルーハニーが2体来ました。お気をつけください!」
「うむ。わかっている!ローウェルは下がっていてくれ。…行くぞ、セレスト!」

当たり前のようにモンスターに向かう主君の華奢な立ち姿を一瞬複雑そうな目で見つめたセレストだったが、 すぐに雑念を振り払い剣を抜いた。

「セレスト!ハニーフラッシュが来るぞ!」
「はい…っ!」
飛んできた光の輪を辛うじてかわし、慌てて視線を戻すと、 別のハニーにトライデンで襲い掛かられたカナンが視界に入った。
「カナン様!!」
「う…っ、大丈夫だ…!」
体勢を立て直し意識を集中させるとその手に熱が集まり炎が生まれる。
矢となり放たれた炎はハニーのトライデンを弾き飛ばした。












スタンス










何とかブルーハニーらを倒した後、剣を鞘に収めカナンに駆け寄ったセレストは、眉を寄せるとその腕を取った。
「カナン様、お怪我を…!」
「大丈夫だ。掠っただけだ」
「…ならば、お手当てを…」
先程のハニーの攻撃はカナンの袖を掠めたらしい。裂けた箇所からはほんの僅かにだが血が滲んでいる。
表情を険しくさせたセレストを、しかし、カナンは眉ひとつ動かすことなく制した。
「この程度は怪我の内に入らんだろう。まだ先は長いしな。アイテム、物資の浪費は避けるべきだ」
確かにそれは今の「一冒険者」の立場としては正論で、セレストは言葉に詰まる。
ですが、と言いかけた言葉を喉の奥に飲み込むと、一歩退き頭を下げた。

「…では、私はこの周囲に危険な罠がないか確認してきますので、カナン様はローウェルさんとここでお待ちください」
それきり、返答を待たずにセレストは二人に背を向けた。














「…とりあえず、この近辺には危険はなさそうだな」
最後に小さな横穴に何もいないことを確かめると、セレストは壁に背を預けて小さく溜息をついた。
安全確認は自分の役目だと思ってはいるが、それでもあんな風に逃げるように来てしまったのはまずかったかもしれない。
しかしあれ以上、場に居続けることはできなかった。身の置き所がないとでも言うのだろうか、この状態は。
目を閉じると先程の戦闘の様子がまざまざと脳裏に甦る。そしてカナンの傷と。

セレストは頭を振ると、荒々しく額に手を当てた。

まったくもって情けない。
昨日までなら軽く一閃で退けられたブルーハニーたちに苦戦を強いられるなど。
主君を守るのが己の役目だと言うのにそれどころではなかった。
実際のところ、共に力を合わせて敵を倒すのが精一杯だったのだ。

「くそ…っ」

強く噛み締めた唇からは鉄臭い味がした。










「…おい。何をしている」
ふいに投げかけられた凛とした声に、ハッと顔を上げる。
「カ、カナン様…!」
慌てて姿勢を正すセレストに、カナンはすたすたと近づいてくるかと思えば真正面で立ち止まった。
間近から見上げられる体勢にたじろぐ男に、カナンはおもむろに手を上げ――

「ちょっぷ」
「たっ!」

頭上から振り下ろされた手刀はもちろん本気のものではないが、無防備に受けるとやはりそれなりに痛い。
打たれた箇所を押さえながら非難交じりの目をカナンに向けると、実際に非難を口にする前に先手を取られた。

「何を考えているんだ?」
「そ…それはこっちの台詞ですよ!いきなり、何をされるんですか!」
「それはだな、お前がまたろくでもないことを一人でぐるぐる考えているからだ」
「ろくでもないって…」
「ろくでもないだろう?」
「っ!冗談じゃありませんよ!私がどんな気持ちで…」
思わず言い返してから、セレストは苦虫を噛み潰したような顔になった。
何も言うつもりがなかったからこそこうして逃げてきたのに、これでは全て言わざるを得ない。
まったくもってこの主は、こういう言い方をすると何だが、小賢いというか…
いや、実際に賢明なかたではあるんだが、などと思考を飛ばしながらも、 セレストは今更引き戻すことのできない言葉の先をしぶしぶ先を続けた。

「…すみません。正直、今の自分が情けなくて」
「なぜだ?」
真っ直ぐな青い目に見上げられて物事を誤魔化せた例はない。勿論今回も例外はなかった。
いっそう深い溜息をつきたい気分でセレストは胸につっかえていたものを吐露する。
「…私の役目はあなたをお守りすることで…私の力はそのためのものです。 ですから、あなたをお守りすることができずあまつさえ怪我をさせてしまう 今の役立たずの自分が…情けなくて、腹立たしくて…」
「まあそれを言うと責は明らかに僕にあるわけなんだが…」
むーと言いながらカナンは腰に手を当て、小首を傾げてセレストを見上げた。
「だが、逆は考えないのか?」
「え?」
「いつもお前が盾となって守られていることに僕が何も感じないと思うか?」
「それは…」

改めてそう問われると、決してイエスだとは思えない。
他人に守られて後ろで安穏としているタイプではない。大体が王子よりも冒険者になりたいと思っている人だ。
それに、そもそもこんな話題を出してくること自体、ただ守られている状態に何かしら思うところがあるという証拠だ。
けれど、セレストの方にもカナンの従者としての自負がある。そう簡単には引けない。

「ですが、お立場が違います。あなたは一国の王子で、私は従者です。主君をお守りするのは従者として当然の…」
「…それでは、お前が僕を守りたいと思うのは僕が王子だからか?守りたいのは国の第二王子か?僕個人ではなく」
「…!!」
「僕は従者だからではなくお前がセレストだから助けたいし守りたい。 …もっともそれは僕のただのわがままかもしれないが…」

お前には僕を守るという役目があるのに、僕がそれをそのまま受け入れることができずに 邪魔をしているんだからなと呟く。

淡々とした口調なのにどこか寂しげに聞こえるのはどうしてだろう。
伏せられた金の睫毛が青い瞳に影を作る。

そんな顔をさせたくなくて。
そして心の内より沸き起こる感情に任せて、気付けば腕の中にカナンの華奢な体を閉じ込めていた。
「そ、んな…そんなふうにおっしゃるのは反則です…!」
「……」

力の限り抱きしめたというのに、腕の中からは非難の声は上がらなかった。
少し苦しそうに身を捩ったが、その腕は迷うことなくセレストの背中に回された。

「…なぁ、セレスト。お前に従者としての使命感があるのはわかっている。僕のことを守っていい。 だから…僕にも、お前を守らせてくれないか?パートナーとして」
「…ずるいですよ、カナン様」

「駄目だと言えないじゃないですか」と頬を金髪に埋めたまま呟くと、 胸のあたりで篭った声が「そうか」と答えるのが聞こえた。

それから、腕の中でもぞもぞと動く気配に顎を引くと、 ぷはっとセレストの胸に押し付けられていた顔を上げたカナンと目が合った。


「…だから…また、一緒に冒険しよう、な?」
何が「だから」なのかとか、そんな顔で見つめないでくださいとか思うことはいろいろあったのだが、 最終的にセレストが答えたのはやはりこの一言だった。
「…はい」


(また)負けてしまった、とは心の中だけで呟いて。
名残惜しそうな腕を理性で押し留め、カナンを解放する。
「――ではカナン様。そろそろ戻りましょう。ローウェルさんをお待たせしているのでしょう?」
「ああ、そうだな」

踵を返して歩き出す、決して大きくはない背を――けれど、 すっとまっすぐに伸びた背にセレストは眩しそうに目を細め、すぐにその後を追った。























2005.09.18/紫


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