【未来への要素】





さわりと緑の葉を押し上げ、その下をかいくぐると丁度そこが森の出口だった。

突然開けた視界に僕は目を細めた。
それから、聴こえてくる音に気付いた。

涼しげな水音。
心を落ち着かせるせせらぎが目に耳に優しい。



澄んだ川辺。
そこにプラチナ様はいた。


「プラチナ様・・・」

思わず声をかけていたのは、後ろ姿がとても孤独に見えたかもしれない。
一人は楽だけれど、けれど、ときに、それがひどく辛いこともある。
僕はそれを知っている。


プラチナ様は僕の声に反応してゆっくりと振り返った。
散った長い銀の髪が白い頬にかかり、またゆるりと背中に戻るのを僕は見ていた。


「カロールか・・・」

「はい。あの・・・お邪魔でしたでしょうか」

「いや、構わん。少し考え事をしていただけだ」


「考え事・・・ですか」

足元の小石を踏みながら僕はプラチナ様のおそばに寄った。

プラチナ様がちらりと僕を見上げた。

「ここは川の冷気が感じられてなかなかに心地好い。お前も座ったらどうだ」

「・・・はい。ありがとうございます」


プラチナ様より少しだけ後ろに下がり、僕は腰を下ろした。
水の流れがあるせいだろうか、確かにプラチナ様のおっしゃる通り、頬をなぶる風も少しひんやりとしていて気持ち良い。


「ここへは・・・よく来られるのですか?」
「いや・・・たまにだな」

あまり一人で出歩くとジェイドが五月蝿いからなという呟きに、僕は頬を歪めた。
「あの方・・・ジェイドさんは・・・・・・」
気付けば思わず言葉が口から出ていた。
実際、僕にも何を言おうとしていたのかわからなかった。
言いかけて止まった台詞に、プラチナ様が片眉を上げたのがわかった。

「ジェイドがどうかしたか?」
「・・・いえ・・・。・・・プラチナ様は随分とジェイドさんを信頼してらっしゃるんですね」
「一応、参謀だからな」
「一応、ですか?」
「・・・」
黙り込んで川の方へ目を戻すこの方が、今は少しだけ憎らしい。


なぜ。

何故。


「・・・何故、彼、なんですか?」

僕の声はこんなだったろうか。
そう思うほどに、低くて暗い声だった。

「・・・なに・・・」

「プラチナ様・・・。あの人じゃないと・・・駄目ですか?他の者では代わりになりませんか?」


「何、を・・・」

ゆっくりと見開かれた青い目が、ひどく無防備な色を添えた。
僕はたまらず、手を伸ばした。

ぎゅっと力を入れると腕の中の体がびくりと震えるのが分かった。


「僕を・・・僕を貴方の参謀にしてください!」

「・・・」

プラチナ様の動きが、止まる。


僕は、何をやっているんだろう。
何を言ってるんだろう。

自分のことをひどく滑稽だと思う僕がいる反面、それでも僕は必死だった。



「がんばって勉強します!確かに・・・あの人には敵わないかもしれないけれど、がんばって、きっと貴方のお役に立てるようになりますから・・・」


涼しげな風が吹きすぎる中、沈黙だけがその場を支配した。






「カロール・・・」

どれほどの時が経ったのか。
プラチナ様のひどく静かな声が僕を現実に引き戻した。


「・・・すまない」


言葉少なな態度が、よりいっそう、事実を残酷に僕に突きつけてきた。


「そう・・・ですか。そうですよね」

答えなどわかっていた。
最初からわかっていたのに。


肩からそっと手を離すと僕は立ち上がった。



それでも口にせずにはいられなかった。





「すみません、プラチナ様。どうか忘れて下さい」
「・・・」

僕は何とか顔に笑みを貼り付けた。
だって、そうでなければ、この方の負担を増やすことになってしまうのがわかっていたから。



「すみません。僕は一体何を言っているのか・・・
本当に、忘れてくださいね。僕は少し頭を冷やしてきますから」

それだけ言って逃げるように立ち去る僕を、プラチナ様は追おうとしなかった。
これはあの方なりの優しさ。







僕は足早に小さな土手を駆け上がり、森に入ろうとして、そして息を呑んだ。

「・・・っ」

両腕を組み、1本の木に悠然と凭れかかった「彼」がこちらを見ていた。


気配など感じなかった。
一体いつからここに・・・


動揺する僕の前で、彼は組んでいた腕をほどき僕に向き直った。

「交渉決裂、ですか。残念ですねえ。貴方が役目を代わってくれるなら、私ももう少し楽になれると思って期待していたんですが」

大仰に肩を竦めながら苦笑を浮かべる。



「貴方は・・・っ」

僕は目の前の男を睨みつけた。


「はい?何でしょう」


酷薄そうなアメジストの目を。

正面から睨みつけた。


「貴方は・・・!プラチナ様、の・・・・・・」


言葉は途中で不自然に空気に溶けた。



僕は呆然と彼を見た。

考えてみれば、正面から彼と1対1で向き合うのは初めてだった。

だから初めて気付いた。

今まで気付きもしなかった。




「私が、プラチナ様の・・・何です?」

「・・・」

僕は台詞の先を促す彼から目を逸らした。

そのまま無言で彼の脇を通りぬける。

彼も僕を呼び止めようとはしなかった。


僕の中で、彼にこれ以上何かを言う気は・・・
問い質したい気持ちは失せていた。



ただ、去り際に一言だけ、言っておきたかった。

「少し・・・驚きました。貴方にもそういう目ができるんですね」

きっと彼自身も気付いていないはずだから。


案の定、彼は訝しげな顔をして黙り込んだ。

流石に参謀兼教育係というところか。
こういうところはプラチナ様とよく似ている。



いつもいつも、陽気さを装った奥に確かに冷たい瞳があった。
プラチナ様にさえ、その冷たさを隠すことすらなく。

けれど、それはただ冷たかっただけだ。
プラチナ様には冷たい瞳を向けただけだ。



もしかしたら、彼は、いつもこうだったんだろうか。

目が合っただけで射殺されるかと思うほどの攻撃的な瞳。
奥に宿る殺意。


もしかしたら彼は今まで僕たちにもこの瞳を向けてきたのかもしれない。



けれど、彼はこの瞳をプラチナ様に向けたことはない。
プラチナ様と、そしてそのすぐ側に立つ彼をよく見ていた僕だからわかる。


きっと、彼は、この瞳はプラチナ様には向けない。

例え何があっても。






それだけが今の僕にとってのせめてもの救い。


けれどプラチナ様も、彼も、そのことに気付いていない。


そのことが、僕には少し恐い。

些細な、けれど大きな引き金を引くかもしれない不安要素。







僕は帽子を深くかぶり、再び森の中に分け入った。

深い茂みに遮られ、せせらぎはもう聴こえなくなっていた。








<了>


ひたすらカロールに語っていただきました。
はは・・・。それにしても、ジェイプラ推奨なのに、
ダイレクトにジェイプラから書きはじめないあたり、私って・・・。
2002.07.07アップ

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