子守歌 (10)
プラチナが再び目覚めたその日は、部屋に封印を施して誰も入れないようにしたジェイドが一日中プラチナを独占したが、 周囲が大目に見てくれたのはもちろんその日のみだった。 次の日にはドアどころか壁ごと魔力で打ち破ったアレクが 「ずるいよジェイドばっかり!」と喜びと怒りの涙で顔をぐしゃぐしゃにして乗り込んできた。 奈落王が完全に回復して城に戻られたという噂は千里を走り、 国全体に祝賀ムードが漂うと同時にプラチナの元には快気祝いが山と積み上げられた。 ただ一人、渦中のプラチナだけが「そんな大袈裟なことはしなくてもいい」と困惑していたが。 七日間ほど続いたお祭騒ぎが続いた後、城はようやく平常通りに機能し始めた。 「まったく…だから復帰祝いのパーティなんて止せと言ったんだ。見ろ、この書類の山」 溜息を吐きながらも、一年のブランクを感じさせない動きで仕事を捌いていくプラチナに、 ジェイドは「仕方ないですよ」と苦笑した。 プラチナはムッとしたように軽くジェイドを睨んできた。 「おや、ご機嫌ななめなんですね。プラチナ様ならこれぐらいの書類はものの数ではないと思うんですが… まぁ、まだ目覚めたばかりで無理はいけませんから、半分俺が持っていきますよ」 手を伸ばすと「要らん」と払われた。 「馬鹿か、お前は。お前にはこれよりも沢山仕事がまわってきているのだろう。それ以上増やすな」 「あらら。本当に不機嫌なんですね。何かありました?」 プラチナは口を噤んだままじっとジェイドをねめつけていたが、やがて小さく呟いた。 「…聞いた。ベリルから」 「ベリルから?何をです?」 想像はつくものの、気付かない振りをする。 それに気付かれているのだろう、プラチナは苛立たしげに目を光らせたが、 時間が無駄だと思ったのか、あるいは下手に乗ると誤魔化されると思ったのか、単刀直入に切り出してきた。 「お前が、魂を体に封じるあの術を受けたと」 「ああ、あれですか」 今思い出しましたとでも言うようにぽんと手を打つと、プラチナが音を立てて立ち上がった。 「お前は…自分が何をしたかわかってるのか!」 顔は伏せているため表情はわからないが、机の上に叩きつけられた拳は小刻みに震えている。 これ以上からかうと臍を曲げられるなと思いながら、ジェイドは目を眇めて「わかってますよ」と今度は真面目に答えた。 「そんな、何でもないことみたいに答えるな」 「実際、何でもないことですからね」 ふざけるなとでも怒鳴ろうとしたのだろう、 目を吊り上げて勢いよくジェイドを見たプラチナの表情が、惑うように揺れた。 「ジェイド…?」 ジェイドの言葉こそは軽くふざけたものだったが、表情は揶揄の欠片もない静かなものだった。 「それに、それを言うならプラチナ様の方こそ、でしょう。この先の全てを犠牲にして、それで良かったんですか」 プラチナが答える前に、ジェイドに自嘲気味な笑みが浮かぶ。 「…と、聞くべきなんでしょうけどね。本当は。でも俺は自分勝手なので、 そんなことは聞いてあげません。俺は、貴方が来世よりもここを選んで甦ってくれたことが何より嬉しいと思ってますから。 貴方ともう一度こうやって過ごせる、それに比べたら貴方のこれからを奪ってしまった罪悪感なんて 俺の中でははっきり言って、塵ほどです。 それに、もし後悔しているなんて答えられたら、余計なことを何一つ考えさせないよう、 俺は貴方をどこかに閉じ込めてしまうでしょうし」 ある意味、本当に自分勝手な意見だった。けれど、プラチナにとってはそれは眉を顰めるような内容ではない。 ただ一つを除いては。 「俺は…っ!後悔なんてしない!ちゃんと考えて、自分で選んだんだ。後悔なんてするはずがないだろう」 心外だと訴えれば、じっと探るような視線がプラチナの表情を不躾とも言えるほどの強さで這い、 それから手が伸ばされた。 髪の先を指先がすくい、さも大事そうに握りこむ。 「ジェ、ジェイド!」 何度やられても慣れない。さらにそこに口付けを落とされるに至り、たまりかねたようにプラチナは叫んだ。 「すみません。ちょっと安心して」 「何がだ」 「いえ、貴方が後悔していたらどうしようかと、本当は少し心配だったんです」 「お前、今更何を…。それならお前の方が…俺はここに戻ってくるために必要だったからこの先を捨てたが、 お前まで俺に義理立てして未来を捨てることはなかったのに」 今度はジェイドがそれこそ心外だと眉間に皺を寄せた。 「義理立てとかそんなんじゃありませんよ。冗談じゃない。誰が義理でこんなことしますか。これは単に、俺の希望です」 「え?」 「生きるなら貴方とがいい。貴方がいない世界なら俺も生きていたくない。置いていかれるのは一度で充分です」 プラチナは瞠目してジェイドを見詰め、それから苦しげに瞳を伏せた。 「馬鹿だ、お前は」 「馬鹿は酷いですよ。俺は満足してるんですよ」 「だが…」 「あまり余計なことばっかり言ってると口塞いじゃいますよ?…最後の生が、プラチナ様、あなたとの生で良かった」 細身の身体を引き寄せて柔らかく抱き込むと、僅かに湿り、 くぐもった声が「俺も、お前とで良かった」という声が腕の中から聞こえてきて、 ジェイドは間近にある銀の頭に頬を摺り寄せた。
完