前線というのはそういうものだが、連なる死体の山はやはり見飽きることがない。
この乾いた大地に、せめて水の代わりに養分となって還ることができるのだろうかと、
血の川を見ながら埒もないことを考えた。
戦果から言うと、今日は一段とひどかった。
僕を含め大半の兵が何らかの負傷を負い、僕の部下は三分の一ほどが帰らなかった。
気付いたときはテントの中だった。
「ベルディーニ大尉…!これでもまだ、この世界を守るというんですか!?」
目を覚ました途端、耳元で叫ばれて暫し思考が停止する。
視線を上げていくと、馴染みの部下の顔があった。
宿営地に何とかたどり着いたところから記憶がないので、
どうやら彼がここまで運んでくれたらしいことがわかる。
彼は上官である自分にも気さくに声をかけてくる変わった男だ。
女好きなのがたまにきずだが、この男のかもし出す空気には周りを安心させる何かがある。
そんなところを、人として、部下として僕も大いに買っていた。
そんな男が、今、血走った目で叫んでいた。
そういえば、帰らなかった者の中に、彼と特に親しくしていた兵がいたことを思い出した。
「こんな世界!守る必要があるというんですか!?」
「…ああ」
浅く笑うと、ちりと痛みが走った。 口の中が鉄臭い。
爆風に煽られたときに強かに身体を地に打ちつけたからそのせいだろう。
確かに彼の言う通りかもしれない。
国は大義名分をふりかざして次々と兵を送り、結局前線で行われているのは無意味な命の応酬。
恨みもない相手を殺すのは気持ちの良いものではない。
「…だが私は、この世界が愛しくて仕方がない」
これから光也が生まれるこの世界が、彼を育むこの世界が、何より愛しい。
この世界を守りたい。
今がどんなに泥沼でも、彼の生まれる…あと五十年後までには世界を平和に導きたい。
平和を求めているのに戦うのは矛盾かもしれない。
けれど、今は戦うことでしか平和を勝ち取れない。
春日の家の後ろ盾をもって政府の高官になったとしても、
一個人の意見などこの時世では潰されておしまいだ。
だからあえて従軍した。
「この世界を…未来を守りたいんだ。この手で」
「大尉…」
平静な目に戻った部下は、何事か言いかけ、思い直したように口を噤み、
それを数度繰り返した後に、声を詰まらせて挨拶もそこそこに場を辞していった。
世界を守るなどと、自己満足かもしれない。
けれど、世界を守ることで彼を守ることができるのだと、そう思えばいつだって温かいものが胸に溢れた。
これが多分、幸せというものなんだろう。
「…多分、アイツが想像してたのとは違う形だろうけどな」
苦笑する。しかし、これが自分という人間の在り様だ。
彼の思う幸せ…否、少なくとも一般的な幸せというのは、例えば結婚し、子を成して安寧に暮らすことだろう。
だが僕には一番大切なものを一番に考えることしかできない。
融通が利かないと慶光に呆れられ、その義兄には「All or nothingとは君らしいね」と妙な感心のされ方をしたが、
仕方あるまい。
不実は好かない。
僕の心の一番はもうアイツにやってしまった。だから、それ以上には他を大事にできない。
彼が生まれてくるまでに、まだ長い年月がある。
別れた当時、永遠とも思えた七十年という時間は、けれど今となってはよかったと思えるものだった。
今、時代は混迷を極めている。
こんな中に光也を置いておきたくはない。
だから彼が生まれてくるまでの時間は、僕にとっての猶予期間でもある。
彼には何物にも替え難いものをもらった。
彼がくれたこの胸の中の、生涯消えない幸せ、そして今も胸の中に忍ばせているお守りのナイト。
僕にはこの二つで充分だ。
あと欲しいものはただ一つ。
彼のための、平和な世界。
「…世界を守るから、平和な世界にしておくから、だから」
それは、彼に貰いっ放しだった僕が、彼にやれる唯一のもの。
「そうしたら、生まれておいで」
薄暗い天井に手を伸ばすと、最後に見た彼の笑顔が浮かんだ。
「―――光也」
世界を贈ろう。
瞼の裏の、最愛の君に。
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2007.12.07
最終話に寄せて。
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