「寒くはないか?何なら、もう少し部屋の温度を上げるが。
ああ、それより水を飲むか?檸檬を少し絞っておいたから喉にも良いぞ。
もし、林檎の方がよければすぐにすりおろして…」
げほ、と小さく咳き込みつつ、光也は声の方向に目を上げた。
緑色の目が、心配を隠そうともせずこちらを一心に見詰めている。
目が合うと、ほっとしたように眼鏡の向こうの翡翠が緩んだ。
まったく、この優しくて甘ったるい表情は何なんだ。
けれど多分、こんなものを向けられたら大抵の女はころりといくだろうなぁと思ってしまい、何だか複雑な気分になる。
自分は女ではない。
ではない、が、だがしかしこれは反則だ。
こんな、心の全てをこちらに傾けているような、そんな表情を見せ続けられたら、
手放したくなくなる。―――帰りたくなくなってしまう。
そんなことが許されるはずもないのに。
「…あんま、甘やかすなよ」
「なぜ?」
言うそばから、仁は甘ったるい声音で聞き返しつつ光也の髪を優しく撫でてくる。
「…」
光也は寝返りをうつと、ついでとばかりに布団を頭からかぶった。
「おい、光也?どうした?苦しいのか?」
追ってくる気遣わしげな声に、ぎゅっと目を瞑る。
指先の感触が心地良かったからだとは間違っても言えない。
いつもは傍若無人で王様気質なくせに、こんなときは際限がないぐらい甘やかすなんて性質が悪い。
甘いという言葉だけでは足りない。
そうだ。真綿で包むようにという表現は、きっとこんなときに使うに違いない。
そんなことを現実逃避気味に考えていた光也は、目が潤んできたことに気付いて、
慌ててひっかぶっている布団に目元を押し付けた。
どうにも熱が出ているせいか、涙腺が壊れてしまったようだ。
こんなことぐらいで泣きそうになるなんて情けない。
そんな思いから、布団に潜ったまま、殊更つっけんどんに言った。
「もう寝るから!」
「…わかった。おやすみ、光也。良い夢を」
布団越しにふわりと頭を撫でられたことには気付かない振りをして、光也はぎゅっと目を瞑った。
◆ ◆ ◆
光也が「ぅん…」とくぐもった声をあげて寝返りを打った。
その拍子に頭から引っかぶっていた布団がはらりと落ちて、若干寝苦しそうな横顔がのぞく。
どうやら寝た振りから本当の睡眠へと移行したようだ。
仁は苦笑しつつ、そっと手を伸ばした。
布団を整え、頬にかかっていた黒髪をそっと払ってやると、どこか苦しそうだった光也の表情が、
満足したようなそれに変わる。
まったく、彼は眠っているときでもわかりやすいほどにまっすぐで、そうしてこちらの目を奪う。
けれど、こんなにも人の目を…そして心を奪っておきながら、彼本人には何の自覚もないのだから、性質が悪い。
ベッドの端に腰掛け、仁は光也を見下ろした。
「甘やかすなとお前は言うが…」
大事なものを、思うままに大事にしたい。そうできることがどれだけ幸せか、わかるだろうか。
「これでもいつもは抑えているんだ。普段ならお前は間違いなく嫌がるだろうし、それに――」
わかりやすいぐらいまっすぐで、自分に惜しみない情をかけてくれて、すぐ隣にいてくれる彼。
そのくせ、いざ手を伸ばそうとすれば、意外に彼との距離は遠く、どういうわけだか、
どうにもつかみ所がないことに気付く。
誰よりも近いのに、誰よりも遠くて、決して手が届かない相手。
「だから…こんなときぐらい、思うままに甘やかしていいだろう?光也」
彼の熱い額に、それより温度の低い自分の額をそっと押し当てる。
彼が欲しいと思う。けれどそれが無理なら、せめて、自分にできる何かを彼に捧げ、
与えることを許してほしい。そう願った。
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2010.01.03
タイトルは「Je te veux」との二択でした。…余談です。
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