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ぱち、と瞼を開いた光也は、ゆっくりと身を起こして薄闇に目を凝らした。 昨晩は確か就寝前にドイツ語の勉強をしていた。 そうしたら丁度仁が部屋を訪ねてきたものだから、わからないところを教えてもらって――― ――その後、記憶がない。 (そう言えば、寝酒だとか言って仁が持ってきた酒を一杯だけ飲んだっけな…) その自分が寝台の上にいるということは、またしてもダウンした自分を仁が運んでくれたのだろう。 酒に弱い自覚はあるはずなのだが、どうも毎度同じ轍を踏んでしまっているようだ。 うぅ、と唸りながら頭を巡らすと、そろそろ闇に慣れてきた目が近くのテーブルの上に、 閉じられたドイツ語の本と、それから二人分のグラスを見つけた。 もちろん両方とも空だ。 七十年の時を遡ったとは言え、ここ春日家は割と洋装が定着しているし、 屋敷内にあるものは当時の最先端であって比較的現代に近い。 だからふとした折に、ここが自分の居る時代ではないということを忘れそうになる。 もっとも、この大きすぎるベッドや高すぎる天井を始め、高価すぎる調度品は、 違和感を完全に無くさせはしないのだが。 「ん?」 ふと指先がシーツ以外のものに触れた気がして、視線を落とした。 髪の毛。というか頭。というか、人が倒れている。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」 一瞬ホラーな展開を予測した頭が真っ白になりかけたが、すぐにそれがよく知る人物のものであることに気付いた。 ほっと胸を撫で下ろしながら彼の様子をうかがう。 この薄暗さでは色までわからないが、日光の下に行けば明るく透ける茶色であるはずの髪がシーツの上に乱れ散っている。 寝息は気をつけていないと聞き取れないほどに静かだ。 女に不自由しなさそうな…つまりは整った顔だとは前から思っていたが、 胡散臭いことを平然と言うあの減らず口を閉ざし、 眼鏡を取ってこうやって静かに目を閉じているとその端整さはより顕著だと光也は思う。 「おい、仁…?」 ふと不安に駆られて名を呼ぶ。 次の瞬間、不安の原因が、仁がどことなく人形めいて見えたからだと気付いて苦虫を噛み潰したような顔になる。 理由は違うだろうが、人形と呼ばれることを厭う自分が、 同じくその呼び方を忌避するであろう仁にこの感想を持つのが嫌だった。 「お前が…そんな、死んだみたいに寝てるのが悪…」 思わず口を尖らせて言った自分自身の言葉に、静まりかけた不安が再度煽られた。 明け方に近いこのぼんやりとした空気と静けさが拍車をかけているのかもしれない。 光也は少し迷った後、確かめるように手を伸ばした。 (あ…温い…) 体温を感じ、ほっと頬が緩む。 けれど、冷えていたらしい指先に体温をとられた仁の方は、小さく身じろぎをした。 起きたかと思って慌てて手を引くが、彼は身体をくの字に折り曲げて再び眠りに入ったようだった。 安堵の息を吐きながら自分ももう一度夢の世界に戻ろうと身を倒しかけて、あれ?と光也は動きを止めた。 明け方は冷える。 布団から身を起こしたこの数分で既に肌寒さを覚えるほどに。 だが、それまでぬくぬくと布団の中におさまっていた光也に対して、仁の方はその外に身を投げ出している。 昨晩の時点で既に夜着に着替えていた光也と違い、仁は服を着込んだまま光也の部屋を訪れていたわけだから、 体感温度としては多少マシかもしれないが。 「何でこいつ、布団の上に寝てんだ?冷えるだろーに…」 かと言って、目を開けた瞬間、体温を分け合うような同衾状態でしたなんて事態だったら、 それはそれでどうかとは思うが。 「……」 思わず想像してしまい虚ろな目を遠くに向けた光也だったが、この状態のまま寝かせておくのもな…と暫し思案する。 彼自身が布団を下敷きにしてしまっているため、布団をかけなおすこともできない。 サンドウィッチのように布団を真ん中から折り畳んで彼を包んでしまえば、 今度は光也が寒々しい気分を味わうことになる。 さて、どうしたものか。 やがて、よしと呟いた光也はごそごそと布団から抜け出した。 起こさないように細心の注意を払いながら、仁の隣に身を滑り込ませる。 それから、余っている布団の片側を持ち上げて、よいしょとばかりに自分ごと仁を布団の中に包みこんだ。 人の体温のおかげだろうか、想像以上の温かさと妙な居心地の良さに満足そうに笑うと、 光也は完全に夜が明けるまでのつかの間の休息を取るために瞼を下ろした。 2007.06.10 光也さんは天然。そしてキングは日常的に生殺されているという……独断と偏見ですよ!(苦) |